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山本美代子さんをしのぶページ

山本美代子さんと「週末ボランティア」の出会いは,当時住んでおられた竹の台仮設住宅に訪問したときでした。以来私たち週ボラメンバーの一員として親交を深めてきました。復興住宅に移られた頃から病魔におかされ,2001年11月5日,永眠されました。

山本美代子さんをしのび「週末ボランティア掲示板」に寄せられた書き込みを,このサイトに残して,追悼したいと思います。


山本美代子さんと週ボラメンバー (1997.9.6)



山本美代子さんのこと
投稿日 12月20日(木)03時38分 投稿者 東條健司

 下記の訃報をメールとファックスで発信したのですが、ここに再録致します。

 なお、行ける方は12月24日(月、振休)の午後1時にJR神戸駅改札に集合して、美代子さんのお寺にお参りしたいと思っています。
 お問い合わせは090-8121-9709(東條)へ。以下転載です。

 残念なお知らせです。
 山本美代子さんが亡くなりました。

 週末ボランティアの中でみんなの心の寄せ所の一人であった山本美代子さんが、去る11月5日にお亡くなりになり、弟の正知さん立会いの元、兵庫の公営舎という葬儀社により、故人の生前からの指定によって徳照寺というお寺に、所有の小さなお仏壇と共に祭られたとのことです。

 この事を知ったのは先日の訪問日に、山本さんを親と慕っておられた岡山の小野さんが、病院と住宅を訪れたところ、いずれにも居られないと言う事が判ったためです。
 行政も病院も親戚以外には一切故人の情報は伝えないという慣行であった為、病院に届けていた週末ボランティアの連絡先にも一切の連絡が入らなかったものです。

 ある方の特別の働きで、上記のような山本さんの消息をやっと掴みました。入院末期にはすでに住宅は退去届けを出しており、後の処置についてもすでに指示の上での従容としたお亡くなりかたであったようです。この秋口に小生が佐沢さんと訪問の合間に訪れた時はもう、いつものように嬉しいやまた来てねという感情をもはや表現されない状態でした。よく訪れていた鹿島さんも同様な感想を語っておりました。

 最後の病院は神戸国立病院で、お寺は神戸市中央区中山手通8丁目5-23徳照寺(電話078-341-2859)です。

 竹の台公園仮設で訪問で知り合い、その後ボランティアとして活動に参加、大阪や京都には震災語り部として講演にも出かけてその独特の語り口は聞き手を感動させて止まないものがありました。私達の中にもファンの多い方で、公営住宅に移ってからも訪問をすれば大変に喜ばれ、ガンにおかされた後も目も見えず口もきけないほどに衰弱した病室に、訪問がえりのボランティアが系統的に訪れつづけ、それに応えて奇跡の回復をして退院し、日常生活を取り戻したという極めつけのエピソードもある方です。しかし、再度の発病には抗がん剤を打ちつづけたが叶わず、ついに静かに倒れられました。生前のうちに事後の手配をすべて終え、従容と死につきました。山本美代子さんの気骨を感じさせる最期でありました。
 謹んでご冥福をお祈り致します。

 このメールは手元のメールアドレスの方と数名のファックスの方に発信しています。
 抜けている方で通知した方が良い方が居られましたら、お知らせ下されば幸いです。(2001年12月10日)


いつかはくることだが
投稿日 12月20日(木)16時51分 投稿者 長船邦彦

 山本美代子さん。週ボラでは、いろんな想い出がありました。
竹の台の仮設に何回も遊びに行ったこと。みかんをご馳走になり人生についてお話してくださったこと。
 あれから、公営住宅に移られ、あまり会うこともなく、さいごは、病院でお話して、、、。
もう一度会いたかった。
 やっと、卒業できそう&彼女ができた。報告したかったが。
 
 美代子さんにとって、2001年:21世紀はどんな風に映ったのでしょうか?


思い出
投稿日 12月20日(木)20時27分 投稿者 猪上一生

私が初めて山本美代子さんにお会いしたのは、竹の台仮設に東條さんと一緒に訪ねたときでした。
「なかなか住宅に当たらへん・・」とおっしゃられていたのが記憶に残っています。

↑で長船君が言うように、いつかはくることですが、もう会えない・・
ということを考えると、いたたまれません。

 週ボラのアイドル的存在だった、藤丸綾ちゃんも12/29で2周忌を迎えます。彼女と一緒に仮設住宅を訪問したとき、そこの住人の方が一週間前に亡くなられていて、家族の方が片付けをしていたときがありました。「あと少し早く訪問できていたら、お話しを聞けたかもしれないのに・・・」と話し合ったことがありました。
その彼女も2年前に他界しています。

もう会えないけど、思い出は残っています。
写真などの形として残っているものは、早めにインターネット上に出してみんなで共有しようと思います。
私の住んでいる名古屋も、いつ東海地震が起きるか分かりません。
被災された方が「昔の写真が残っていたらなぁ・・」と仕切りに話して下さったことがありました。
なので、せっかく教わった教訓を活かさなければいけないと思います。

これからも思い出を残すために、「一期一会」でいきましょう。


24日、山本美代子さんへお参り
投稿日 12月27日(木)04時34分 投稿者 東條健司

 24日、5名で山本美代子さんのお参りに、徳照寺(078-341-2859)へ行って参りました。
 東京からの永田さんやお経を上げてくれた高山さんなどと共に、山本さんの想い出にふけりました。
 鹿島さんより、生前に書かれた絵が供えられ、非凡な画才についてひとしきり花が咲きました。
 しかし、山本美代子さんの記憶は私達にとって、「人に反応する」感性の手本として重要、との話がでました。
 人間が好き、人に夢中。被災者とボランティアの間に立てた人、山本美代子さん。享年は73才。戒名は釋尼淨代。



山本美代子さんが描いた絵