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【過去ログ】 週末ボランティア掲示板 アーカイブズ



[1653] 第517回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティア 募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/10/18 21:11 [E-mail]
(HOST: p2146-ipad310kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

第517回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティア 募集

日時:2010年10月23日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時に終了いたします)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回は参加者7名でした。

・70台女性、中央区のマンションで被災、半壊。ご本人直筆。健康状態は今は非常に悪く、外出ができない日が多い。若いころの交通事故の後遺症が震災後に悪化して60歳で辞職しました。現在は慢性心不全による障害者です。家庭内での日常生活、活動が著しく制限される心臓機能の障害です。
震災後、北区の兄の家で10日間。バスが開通するようになって朝一番のバスで家を出て、それから徒歩で三宮〜六甲道、会社に到着が昼前。通勤時間がかかるので8時ごろ最終で兄宅について10時。一番辛かったのは通勤時間と、社員の女性8人でしたが田舎に帰ったりしてたったの3人。1年間は事務所は多忙で会社に近いマンションを借りて朝8時に鍵を開けて帰宅は10時。山麓バイパスのトンネルが普段は15分なのに、震災のときは着くのに2時間くらいトンネルの中で、非常に体力的に辛かったです。現在は1人暮らし。線を引いて、丁寧な記述。

・女性。二人暮らし。東灘区で被災し全壊。約30分の訪問。震災後は親戚の家で4〜5年過ごして神戸へ戻りました。お名前、お年は聞かせてくださいませんでしたが若々しい方でした。借上住宅の件についてははじめからわかっていましたが今はすごく便利になって家賃が上がり、共益費が1000円下がりました。今は少しお勤めしています。この前のチラシには、引越料も出ると書いてありました。しかし、お年を召された方に時々お会いすると、引越しすればまたコミュニケーションがなくなるし、もう引越しする元気がないと嘆いていましたよ、と…。
 自分は震災後、親戚の家にいたので、被災者扱いされていませんが、買い物に行ったとき、疲れておられるお年寄りの方を見ると思わず荷物を持ってあげたくなります。県外から引越しをされたお年寄りの方は特にかわいそうですと心から同情する表情をされていて、優しい方なのだなと思いました。いついつまでに明け渡しと言いながらも、2.3日前には人が引っ越してこられたのも見ましたし、できればお年寄りの方はもう少し待ってほしいとも言われていました。本当に引っ越さなければならないのなら順番にしてほしい。いつが最後の引越しなのかと少しだけ不安も見せられました。今は、ここはとても便利でできればここにいたいのが本音です。お名前をお聞きしましたが、郵便受けの名札を取られたけど不自由はないので名前を出すのは勘弁してくださいと。言葉も優しく暖かいお人柄のようで私たちにも「おつかれさま。」と言われました。

・60台男性。灘区で被災し、全壊。若くてなかなか仮設に入れず、小学校の避難所に1年弱いた。その後、ポーアイの仮設に入居。被災前は2階建てアパートに住んでいた。近所では亡くなった人がいた。ここは寒い。体を壊した。たばこ、酒のにおい、ヤニがすごい。生きていくのが精一杯。仕事がなく生活保護でなんとかやっている。出なければいけなかったが出るところがない。なんとなく住んでいる。高血圧、痛風、肝臓が悪い。今は飲まないが昔はかなり飲んでいた。外出は買い物程度。がらんとした部屋で、一人横になってテレビを見ている。多くを語りたがらない。
以上


[1652] 借り上げ復興住宅 「返還」控え市・県の動き活発化

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/10/15 20:12 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

猛暑の期間をはさんで,このかん神戸・週末ボランティアが訪問活動を行ってきた復興住宅は…

(中略)

そうしたものへの対応も課題となっています。お話し伺いの検討とあわせて,発言していきたいと思います。

詳細および全文は,新サイト内「2010 神戸・週末ボランティアNews and Reports」 [17]をご覧下さい。googleやYahoo!で検索してください。


[1651] 第516(××74)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/10/15 20:08 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

そうした,秋の3連休のはじめ行われた,10月9日の訪問活動は,HAT神戸・脇の浜住宅で,朝からの雨が残る中,このところ馴染んできた,人生経験豊かな参加者を中心に行われました。雨のため外出されず在宅された方が多かったほか,人生経験から信頼関係の構築がはかりやすかったことから,お話し伺いも充実したものになったといえるでしょう。

詳細および全文は,新サイト内「2010 神戸・週末ボランティアNews and Reports」 [16]をご覧下さい。googleやYahoo!で検索してください。


[1650] 第515回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/10/04 09:50 [E-mail]
(HOST: p2146-ipad310kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

第516回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年10月9日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時に終了いたします)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回は参加者6名でした。

・70代の女性。御主人と暮らしている。全壊。震災当時は灘区に住んでいた。御主人がガラスの破片で怪我をされたため、避難所で麻酔がない状況の下、赤十字の先生に応急処置をしてもらったそうである。最初に東灘区の小学校に、その年の6月に別の小学校で避難生活を送りました。その後近くの8万のマンションで1年、新築のマンションで4年を過ごし、平成11年になってここの住宅に落ち着いたという。76平方メートルは2人では広すぎますよね、と言っておられた。避難所では給食の係を5,6人で受け持ってやって居ました。小学校では1500人分の弁当が来ていましたが、残る事もあり外部から来た方にも配ってました。水は1人1本当てでした。よそから来た方がボランティアして下さいまして、京都や奈良の女性の方々で有難かった。実はいまでもボランティア等をされていて、年会費1200円/月で100名を越えていてカラオケや色々とやっています。実は防犯にも力を入れていますよとも言われて、近日振り込み詐欺がありましたよと言われながら婦人警官の付いたカレンダーを玄関に張ってあったのを示した。今は不安はありませんよと笑顔で言われながらも、公団に入って10万ですが、32年(平成32年、10年後の事)には13万にもなるからちょっと大変かな、と若々しい声で言われました。活発に行動されているが近隣トラブルには頭を悩ませているとのこと。公団や市に行って話されているが、掛け合っても埒が明かないと愚痴をこぼされていた。とはいえ、本当に若々しく声も良く通り、元気と力を頂きました。約40分のお話伺い。

・60代女性。全壊。灘区住んでいた。1年半のテントでの生活と1年の仮設住宅での生活を体験されたという。当時は御主人と娘さんの3人で暮らしていたが、ここに入居してから娘さんは嫁がれ、御主人はそのあとに癌で亡くなられたそうである。その間、病院での入退院を繰り返し、最後にはホスピスへ入所することができたが、自宅で最期を迎えたいと強く望む御主人の願いを聞き入れ自宅での介護に励まれたという。現在この奥様はパートで働きに出ており、昼と夜の仕事をしているため少し小さい家を申し込むか検討していたが、御主人が亡くなられて忙しくなり、時間に追われるうちに時期を逃してしまったという。震災前も今も2個所かけもちでお努めされたそうで、10年後の返還のことはあまり深く考えたくない、その時が来ればその時に考える。今は共済費込みで5万ほど払っている。朝9〜4時、夜6〜11時働いてとても元気のあふれる方で、前向きで立派であった。部屋に通して飲み物を頂きました。女性は強い!    以上


[1649] 第514回、阪神・淡路大震災、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/09/19 19:28 [E-mail]
(HOST: p4254-ipad30kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

第515回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年9月25日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)
前回は参加者4名でした。

・70代女性。灘区で全壊。震災時は夫婦二人暮らしでした。ちょうど断層の真上で被害が一番ひどい地域に住んでいたため、付近一帯はほぼ壊滅し、近所で亡くなられた人も多かったとのことです。また、同じ断層上で被災したの知り合いも「柱がねじ曲がるように折れた」と当時の震災の凄まじさを語っていたそうです。ご自身、ご主人をこの地震で亡くされました。柱や箪笥が倒れてきた際、ご主人に庇われたそうです。ご主人の最期の言葉は「大丈夫か?」で、最期まで奥さんの事を気にかけてくださったそうです。崩落した建物に挟まれ身動きが取れなくなっていたものの、幸いにも炎上することはなく、まもなく救出されたとのことです。その後、近くの小学校に一時的に避難し、そこでご主人の遺体を診断してもらった後、大阪市の親戚に火葬してもらったとのことです。奥さんはその後一月ほど故郷の松山に帰郷したのち、六甲アイランドの仮設住宅に移動し、そこに四年間住んだ後、現在の借り上げ住宅にようやく当選したとのことです。震災時には肝炎を患っていたものの、特に日常生活に支障はありませんでしたが、昨年心臓の病で倒れて手術を受け、また肝臓の状態も悪化して現在は日常生活に不自由するようになってしまいましたが、ヘルパーさんや親せきの奥さんが色々と手伝ってくれるので大いに助かっているとのことでした。現在は病状は小康状態のようで、顔色は比較的よさそうでした。夕方までは玄関のカギを開けておくなど、他人との関わりを求めているような家で、上がり込みのお話伺いをしました。

・60歳女性。東灘区で被災。ご家族四人のうち長男を除く三人が足などに重傷を負い、無事だった北区の病院に入院しましたが、幸い今は完治し生活に支障はないそうです。震災直後は被害を免れた主人の姉の家にもろもろ世話になり、退院後はその近くのアパート→マンションに三年といった風に転々としたそうです。何度も公団申し込みを行いましたが、まだ当時十分若かったため、現在の住居にようやく潜り込んだとのことでした。現在でもご主人は働きに出ているそうです。震災当時高卒で働きに出ていた長男の会社が震災で傾きかけたり、奥様が四年前より肝炎を患い治療を受けていたりと家庭内で諸々の事がありながらも、現在は平和に暮らしているようでした。

・70歳女性。灘区で被災。全壊。全壊のアパートを大家が修理したが、やはり怖いので実家の三重県で一年ほどいた。新開地の公団に2年いたが、家賃が高いのでここに平成14年に引っ越してきました。新聞入れに入っていた神戸市の借り上げ住宅のチラシ(住み替え)を見て、怖くなりました。平成31年までにここを空っぽにしないといけないと書いてありました。それを見たときは眠れませんでした。9年後は85歳。その年齢では引越しができないので来年にでもここを出なければと思っていた、と切々と言われた。「すぐに出ることはないですよ。少なくとも9年間はおれますよ。どっしりと構えていてください」というと安心され、感謝された。神戸市のチラシと資料を貸してもらい、コピーした。内容は「住み替えをお願いすることになります」「ここの住宅の期限は平成31年3月まで」などと書かれていた。しかし、まだ説明会も具体的なことは決まっていないことも書かれており、そのことも伝えておいた。一人暮らしで29年間過ごしてきた。困ることといえば、電球の付け替えやクーラーの簡単な掃除ができたらいいのに、と言われた。高いとこに上るのが怖いので、何とかできないかと相談され、「月に2回ここに来るので連絡して下されれば何とかできると思いますよ」と言っておきました。住み替えの件ですが、「最後までがんばってみますか」といいましたら、「あとになると不自由な場所に移されそうでつらいです」といわれた。そして最後にケアハウスをつくってくれたらいいのに、安くて入れるとこがあれば残りの9年の後、安心して生きていけるのに、と少し寂しげな声を出された。人事でないと感じてしまいました。年よりも若く見えて、お元気そうでした。ここのフロア(14軒)は3軒だけが神戸市の借り上げなのでとても心配ですと話を切り上げるまで言われていました。何とかできるといいなと思いながら別れました。

・70歳男性。東灘で被災。全壊。約30分の訪問。公民館に1年おりまして、六甲アイランドの仮設に入って、出来上がったこの住宅に入居11年目を迎えます。寂しいと思ったことはありません。元気で、2ヶ月に一度検査するが悪いとこはありません。初めはドアも半開きで、話も弾まなかったが、造園のこと、趣味のことなどを話し出して長い時間をお話伺いしました。今でも現役。造園の仕事をされており、花壇の世話などですか、と聞くと「自分は樹木の関係で働いている。花壇は素人さんがやるもの。今は知り合いのとこで働いている」とおっしゃった。兄弟は5人。全員、神戸に住んでいる。震災の時より一人ぐらしだが、今は元気で老後の心配はしていない。今は夏場なので暇だが、秋から忙しい。今の時間帯に家にいるのは珍しい。暑いので今は仕事を控えている。今日は会えてよかった。趣味は魚つりと登山。昔は東シナ海まで行っていた。今は和歌山や淡路島まで。造園の仕事は40年になる。お米の話をすると、種籾は政府が管理していることも教えてもらった。温暖化を心配しましたら、「日本のジャポニカは暑さ寒さに強くできているから心配はいらない」と教えてもらった。さらに最近の苗は機械で植えるので短く20センチほど、昔は手で植えていたので40センチほどあったことなど身振り、手振りで教えてもらえた。元気な人で、とても歳には見えなかった。お米の話の途中で切り上げる形になったが、もっといろいろと話ができればよかったと思う。      以上   


[1648] 第514回、阪神・淡路大震災、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/09/05 03:26 [E-mail]
(HOST: p1214-ipad301kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

第514回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年9月11日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に408号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回は参加者8名でした。

・80代女性,一人暮らし。中央区で全壊。仮設住宅で3〜4年暮らした。地震のことは思い出すのもいや。夫は10年ほど前に亡くなった。今の楽しみは近所でやっているラジオ体操に通うことで,もう10年続けている。自分の身体さえ元気なら,今心配なことはない。住宅内にある住宅にある福祉センターから時々来てくれる人がいる。地震の話題では表情が暗く見えたが、それ以外では笑顔で話をしてくれた。年より若い感じであった。

・60代男性,一人暮らし。兵庫区で全壊。現在無職だが被災当時は建設業。ポートアイランドの仮設住宅に少し住んだ。お母さん(中央区で全壊)の介護が必要になり同居。約10年介護を続けたが今年6月に大腸ガンで亡くなった。生前,ユニセフに寄付をしたり,人に何かをするとき見返りを求めてはならないと説いていたことなどを,涙ぐみながら語ってくれた。丁度訪問時に、母の供養の品を持って玄関を入る所。「人のためになる事をしたい」と言われていた。

・80代男性。中央区で被災。現在入院中で近日退院予定である旨を,同居の方が支援シートに記入してくださった。

・30代男性,一人暮らし。中央区で全壊。ポートアイランドの仮設住宅に一時いたが,会社が借り上げた住宅に長く住み,この復興住宅に入居して2年半。建設業に従事して,給料を多くもらっていたこともあったが,現在は無職。震災でいろんな経験をしたが、あまり震災の事を引きずって居ない。しかし外見は明るく振舞っていたが、中身はつらそうな気がしました。

・70代女性,一人暮らし。東灘区で被災。親族宅や生まれ故郷近くの島など,北区の仮設住宅を経てこの復興住宅に入居するまで5カ所を回った。40代で亡くしたご主人も昨年33回忌。働き続けてきた長年の無理がたたり,多くの病気を抱えていて,体重も28kgしかない。ケアハウスに入っていて,帰宅したばかりのところへの訪問となった。今まで力一杯に生活してきたので悔いはない。自分に負けずに生きたい。最後にみんなと握手をして別れる。服も料理も手作りにこだわつており、筋の通った感じのする人であった。

以上


[1647] 第513(新生71)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/09/01 17:14 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

神戸コレクション 2010 AUTUMN/WINTERを翌日に控えた8月28日の訪問活動もまた,依然衰えぬ猛暑の中行われました。今回もまた,前回同様,到着が遅くなり,現地での合流・参加となったのに加え,所用のため終了ミーティングに参加できず,一足早く神戸を離れることになりましたが,限られた中であっても,いやむしろ限られた中であればこそ,活動の資質とお話し伺いにおける信頼関係の構築を,大切にすることの重要性を,改めてかみしめたいと思います。

詳細および全文は,2010 神戸・週末ボランティアNews and Reports [15]をご覧下さい。

7月24日の総会については新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2の2010年週末ボランティア総会をご覧下さい。

開設2周年を迎えた新サイトThis is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「ふ都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。


[1646] 8/14初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/08/28 11:40
(HOST: p4241-ipbfp3401osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆Aさん:初めてのボランティア活動で、ただ話を伺うにしても難しく、うまく話を汲み取れたかが心配でした。伺った話も人も、今回は色々で、話を聞くたびに新鮮に感じました。

☆Hさん:お年寄りの方は、だれかと話すという事だけで少し喜んでもらえたような気がしました。ただ震災の事やプライベートな事を聞くのに、少し遠慮というか、いいのかなぁという気持ちもあり、ボランティア活動の難しさも感じました。


[1645] 第512(新生70)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/08/24 02:04 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

このところ続いているように,8月14日の訪問活動もまた,猛暑の中行われました。お盆休みの時期でもありましたが,ちょうどその時期在宅されていた方から,貴重なお話し伺いをすることができました。今回初めて参加した方は,ホームページを見てという方もいましたが,真摯に耳を傾け,指摘や問題提起も,しっかり受け止めようとしていたように思われます。 全文を読む

7月24日の総会については新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・22010年週末ボランティア総会をご覧下さい。

開設2周年を迎えた新サイトThis is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「ふ都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。


[1644] 第513回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/08/22 16:03 [E-mail]
(HOST: p1214-ipad301kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

第513回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集
日時:2010年8月28日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に408号室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回は新人2名をふくめて参加者7名でした。

・一人暮らしの80代女性。震災の時は東灘区で大工のご主人と二人暮らし。自宅が全壊したため、大阪に住む妹の子供が迎えに来てくれたとのこと。大阪で10日ほど過ごした後、被災者の受け入れをしていた島根県の市営住宅に移り、神戸に戻るまでの4年間をそこで過ごしたそうです。島根は奥様の故郷だったそうですが、「電話をしたらすぐに来いと言ってくれ、良くしてくれましたよ」と言われていました。ご主人が地元紙に取り上げられるなど、島根県のメディアが取材にきたこともあったそうです。島根に来る際、「県外へ来たら(神戸に)帰られないかも…」と考え、覚悟していたそうです。島根は住みやすかったそうですが、50年を神戸で過ごしてきたこともあってご主人が帰りたいと言うようになり、それを聞いた知人が帰れるようにしてくれ神戸に戻ってこられたそうです。「戻ってきてから12〜3年が経つけどやっぱり神戸が一番」とのこと。現在は市が10年間借り上げている住まいに住んでおり、家賃は少しばかり安いそうですが、もうすぐその期限が来るために公団の家賃料金に切り替わるのだと話して下さいました。3年前にご主人がガンで亡くなられたそうです。私たちが心の支えにしているものはありますかと聞くと、50代の娘さんが一人いて、時々顔を見せにきてもらうのだと答えて下さいましたが、「一人はさみしいものですよ…」としみじみと語られていました。また現在不安に思うことはありますかと聞くと、「年だから老後と、今は足が心配」と呟かれていました。足が痛い時は買い物などを手伝いに来てくれる人に頼んでいるそうですが、そうでないときは一緒に買い物に行くようにしているそうです。80代にはとても見えないほどの若い印象を受けましたが、言葉の節々に長年経験してきた様々な思いが込められているようでした。胸の心情を吐露するかのようにこぼれた言葉が、今でも私の記憶の中に強く残っています。この方は「仮にまたあのときのような地震が起こってもどうしようもない」と言われていましたが、そのように考えている人も実際は多いのではないかと思いました。

・90代女性。あまり震災のことは覚えていないとのこと。震災時は中央区でご主人としっかりした息子さんの3人家族で住んでいたそうですが、ご主人は病気で亡くなられたそうです。ここに来るまでに仮設で過ごしたこともあると話して下さいました。訪問している中で、この方は震災をあまり覚えていないのではなく、思い出したくないのではないか、という印象を受けました。

・80歳女性。東灘区の自宅マンションにて被災。ご主人は被災時既に亡くなっていたとのことです。自宅マンションは全壊でしたが、建物自体は残っているそうです。上の階に住んでいた若い女性と共に近くの小学校へ避難されたそうですが、隣接するガスタンクからガス漏れの危険があるということで他の小学校へと移ったそうです。その後、東灘の仮設住宅にて五年間を過ごされました。華道の要職に就いていた関係で、お弟子さんの安否確認を優先し可能な限り長く仮設住宅にとどまっていたそうです。仮設住宅ではお弟子さんに安否確認の手紙を出し、その枚数は1000枚を超えました。また、生徒さんの家を訪ねて歩いて回ったりもしたそうです。その事について、まだ60代で、気が張っていたからできたことと当時の事に想いを馳せていらっしゃいました。その中で、三人の方の死亡が確認され、その事を嘆いていらっしゃいました。現在の住居には十年前に入居されました。現在の住居は交通の便や環境もよく、また市の住居費減免処置の為家賃も安くとても住みやすいとのことでした。現在は特に不安もなさそうで、お元気そうな様子でした。

・80代女性。1人暮らし。東灘区で被災。揺れて無事なにごともなく。毎日が神様からの変化球。すっかりと抜け落ちてしまいました。(自筆記述)           以上



『2010年度週末ボランティア総会のまとめ』2010年7月24日、第44回   
              小玉

年 回数 期間回数 参加者人 数 初参加者 総参加
者数 1回当り 総訪問件数
1995〜
2004 1 回
〜382 382 15000
15000 39.2 30000
2005 〜406 24 270 15270 11.3 30757
2006 〜430 24 215 15485 9.0 31171
2007 〜453 23 227 15712 9.9 31681
2008 〜477 24 219 15931 9.1 32195
2009 〜486 9 70 16001 7.8 32376
2009 〜498 12 55 2 16056 4.6 32556  (7月11日43回総会)
2010 〜510
511回 12 88 12 16144 7.3 32736  (7月24日44回総会)

1、活動の実数は、今年は24回/年である。
2、1月9日には交流会が行われ、被災者5名・ボランティア15名で盛り上がった。
3、5月に入って、借り上げ住宅の期限の問題が出、市に週ボラの把握する実情を伝える。
4、「監査」に関して平素の活動については設置しないし、会計の面では保留する。
5、ボランティア新参加者については、基本的にはどんな人でも受け入れて行く。
6、21年度会計報告は、原監査のもと了承された。
7、広報。新聞を中心に活動を知ってもらう方向で行くが、他のメディアも拒まない。
8、週末ボランティア役員。代表:東條健司 会計:佐治和江                    
以上


[1643] 7/24初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/08/14 13:30
(HOST: p8226-ipbfp301osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆C.Yさん:この活動に様々な世代の方が参加されていることを知り、続けてゆけば学びが得られることが多いと思えました。ただ、震災から長い年月が経ってしまった今、被災体験について快く語ってくれる方は少ないのではないか、と思いました。



[1642] 第512回阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/08/08 10:41 [E-mail]
(HOST: p1214-ipad301kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)


第512回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年8月14日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に305号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)


前回は新人1名と参加者10名でした。

・70代女性,弟さん(60代)と2人暮らし。東灘区で全壊。同区内の避難所・仮設住宅を経て,旧公団からの借り上げであるこの復興住宅へ。仮設住宅よりここの方が住みやすい。足が悪いが,一緒に暮らしている弟さんが買い物をしてくれるので助かり,今となってはあまり不便はない。

・60代男性。中央区で全壊。地震が起こったときは,急な仕事のため出勤する準備をしていた。近くの公園に張られた自衛隊のテントで(1つに5〜6人)8月まで避難生活をしたあと,ポートアイランドの仮設住宅へ。その頃は建築関係の仕事をしていた。この住宅ではコミュニケーションがなく,仮設住宅の方がよかった面もあったよ。20年借り上げの住宅のことから、あちこちで勝手に賃借をやっていると言われていた。玄関先でお話を伺う中で,参加者の一人と出身地,さらには出身中学校まで同じと解り,ふるさとの話題で話が弾んだ。家の方に帰ってこないかと言われているが、1人でしっかり生きたい。医者嫌いなのでなまじ病気は見つけたくないとも言われていた。

・80代男性,一人暮らし。中央区で被災。05年ごろよりクモ膜下出血や脳梗塞を患い,とても対話できる状態でないからと,「神戸在住50有余年/健康は一応順調/仕事は神戸港が主」など,自ら支援シートに記入してくださる。         


『2010年度週末ボランティア総会のまとめ』2010年7月24日、第44回   記小玉
 
年   回数   期間 参加者 初参加者 総参加者数 1回当り 総訪問件数
        
1995  1回   382
2004  〜382      15000      15000    39.2    30000
2005  〜406   24    270       15270    11.3    30757
2006  〜430   24   215      15485    9.0    31171
2007  〜453  23    227      15712    9.9    31681
2008  〜477  24   219        15931    9.1    32195
2009  〜486    9   70        16001    7.8    32376
2009  〜498  12    55   2    16056   4.6    32556(7月11日43回総会)
2010  〜510
    511回   12    88   12    16144    7.3   32736(7月24日44回総会)

1、活動の実数は、今年は24回/年である。
2、1月9日には交流会が行われ、被災者5名・ボランティア15名で盛り上がった。

3、5月に入って、借り上げ住宅の期限の問題が出、市に週ボラの把握する実情を伝える。
4、「監査」に関して平素の活動については設置しないし、会計の面では保留する。
5、ボランティア新参加者については、基本的にはどんな人でも受け入れて行く。
6、21年度会計報告は、原監査のもと了承された。。
7、広報。新聞を中心に活動を知ってもらう方向で行くが、他のメディアも拒まない。

8、週末ボランティア役員。代表:東條健司 会計:佐治和江   以上


[1640] 第511(新生69)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/07/30 19:11 [WebSite]
(HOST: softbank126101169051.bbtec.net)

前回に引き続いて酷暑の中での訪問活動への参加となりました。 全文を読む

2007年から,活動のあり方を,ボランティアとして,ボランティア団体としてふさわしいものへとつくりかえるべく,努力を重ねてきたわけですが,とりわけ,同年夏の総会で新たに出発して以来まる3年となり,その間の訪問活動も69回を数えるにいたりました。

初めての参加者,数年ぶりの参加者,このところなじんできた参加者とともにまわった中で,留守宅が多かったことで,初めての参加者や久しぶりの参加者が,活動の意義を疑問視する感想を述べるのもしかたないのではという感も拭えません。

このところ,住宅内で野良猫をあまり見かけなくなっています。もとからエサになるものが限られまるまる太ったのはあまりいませんでしたが,エサやりにたいする規制が厳しくなったからなのでしょうか,その理由はわかりませんが。

こうした猫を通じて情況の一端を知ることもできますが,猫と接する姿を通して,その人の人柄や人となりを知ることもあり,これまた猫に教えられるものであるともいえます。住民の方やボランティア参加者がもつ優しさをそこから垣間見せてくれることもあります。それと同時に,私たちの人となりも伝わっていくわけですが。

参加者の一人によるひげそりが済んだばかりの倉谷さんを囲んで記念撮影の後,総会の準備のため,早めに訪問活動を終え,HAT神戸・脇の浜住宅を後にしました。三宮・勤労会館に戻って,訪問活動の集約を簡単に行った後,総会を行いました。これについては新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2にて述べることとします。

開設2周年を迎えた新サイトThis is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「ふ都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。


[1638] 今日の総会の感想

記入者:中山 茂 最終更新日:2010/07/24 23:24 [E-mail]
(HOST: softbank218130024038.bbtec.net)

中山です。
本当に久しぶりの投稿です。
今日の総会、先ほど無事に終わりました。
今年から参加したという人が何人もおり、新鮮で活気に満ちた総会でした。総会の書記も学生の方が行いました。
東條代表の提案に基づいて論議され、総会初参加の人も含めて、今後の活動に生かされる論議だったと思います。そのような感想を多くの人が述べていました。
今後の活動場所の設定でいろいろと意見が出て、HAT神戸脇の浜の残り戸数がほぼ今年一杯なので、それまでに決めることになりました。
昨日、HPを覗いて驚きました。原さんが総括案(私案)を書かれていますが、活動参加者にとって、異質で、まったく理解できない代物です。少なくとも私はそう思って参加したのですが、総会でも東條代表をはじめ発言者の全員が原私案に反対のものでした。
特に以下の
”平素の活動のあり方についても「監査」すべきではないか?”
の箇所には批判続出で「平素の活動を監査するなど、ボランティア団体の域を超えている」「普通の人が参加できなくなる」という意見でした。私は「原君がこのような基準を設ける団体を想定しているのであれば、原版ボランティア団体を作ったらいいのではないか。すべての基準は原君で、自分以外は間違いという印象だ。このようなことを主張されたら参加者が迷惑する」と発言しました。
当HPを覗かれている方、このような私案がまかり通るような団体ではないので、安心して参加してください。
お待ちしています。
それでは。


[1637] 2010年週末ボランティア総会提案

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/07/21 14:18 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

2010年週末ボランティア総会提案(私案) 2010年7月20日  全文を読む

総括

 神戸・週末ボランティアの2009年から2010年にかけての復興住宅訪問活動は、積年の弊を根本的に取り除き、解体的再生を図り、再出発した2007年から2008年にかけて、活動の資質向上と、住民・市民との信頼関係[再]構築において、劇的な成果を収めた地平にふまえながらも、現状維持的レヴェルとなっているといえる。
 住民・被災者や市民のあいだで、訪問活動の意義の理解浸透は進んだが,それに伴い,活動及び参加者の姿勢や資質にたいする要求は高くなり,それにこたえることが責務となっている。
 また、学び役立とうという気持ちにあふれた誠実な新規参加者をむかえたことで、活動の資質向上とともに良好な雰囲気ができあがったことは、何よりの成果といえる。向上した資質と良好な雰囲気にふさわしい情報発信が求められる。

方針

活動の目的・趣旨の確認−役立ち学ぶ、尊厳を見いだす<確認>
・週末ボランティアの活動は、お話伺いを起点として、コミュニティーの創造・構築や住民の主体性発揮のサポート、行政監視、政策提言などに及ぶものである。
・週末ボランティアの活動の目的は、被災地の復興と被災者の生活再建に貢献・寄与することであり、そのために情況に自らを投入することによって、被災者の中に尊厳を見いだす姿勢が求められる。
・週末ボランティアの活動に当たってもっとも必要とされる基本的姿勢は、言語コミュニケーションを通じて学びの機会とすることである。
・週末ボランティアとしての活動の目的・趣旨を確認し、その達成と増進に寄与するにふさわしい姿勢で参加することを求める。あわせて、参加者が活動を通じて得られる学びと充実を増進できる環境を整備する。
・具体的には、訪問予定の住民宅に投函される「予告チラシ」に記されているような言動と姿勢(不偏不党の原則、独立した主体的立場)を堅持することが、個々の参加者とグループとしての週末ボランティアのいずれにも必要不可欠であることを確認する。

お世話役
 学び役立つグループとしてふさわしく、参加者の資質向上と便宜に期するためためにおくものであって、「指導部」や「体制」ではない。参加者は「お話し伺い」を通じて現実の情況から学び、それを共有・深化させるのが、グループのあり方である。またこれまでのあり方から教訓を得,検証する姿勢が必要である。訪問先住民・被災者の前では、一人一人がグループの「顔」であり、みんなが「代表代行兼監査役」だ。
・代表・会計を常置(再任)。
 「副代表」その他の役職等は不要、設置しない。
・必要なときは代表が代行を指名(委任)できるものとする。
・2009年度に設置した「会計監査」の効果・成果の検証。
 「会計」だけでなく,平素の活動のあり方についても「監査」すべきではないか?

取材等の受入<確認>
 メディア等の取材に際しては、媒体の種類、取材趣旨が、活動の趣旨にふさわしいかを精査したうえで、受入の可否を判断する。参加者・住民その他関係者のプライバシーはもとより、グループとしての信用、住民・被災者の尊厳を守り尊重する上で、慎重な取り扱いを要する。参加者・記者・住民三者それぞれに有意義なものであることが望ましい。
媒体の種類による適否の例;
○新聞
△ラジオ、市民記者(WEB版ニュース)、雑誌など
×テレビ、宗教団体機関誌・紙、党派機関誌・紙、マンガなど。
ジャンルによる適否の例;
○報道、ドキュメンタリー、その他社会問題として扱う上でふさわしいもの
△ノンフィクションなど
×娯楽、バラエティーなど

活動の継続
グループとしての活動を継続する上で,活動にたいするニーズがあることと,活動を担う側がそれにこたえる資質を備えることの両者が不可欠である。毎年1度以上,グループとしての活動の継続の適否について検証する。活動の継続が適切でない状態になったときは,総会の決議もしくは代表の判断によって,活動の休止・停止を決するものとする。

記録・広報
地元を中心とした参加者募集とグループの活動に関する広報としては,その媒体の選択による信用度の向上を図るべく新聞を重視するものとし,広報・宣伝と記録の区別を明確にし,その資質向上を図るべく,現状の「インターネット班」による体制を,根本的に見直す。

その他


[1636] 第511回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集(総会6時より)

記入者:東條健司 最終更新日:2010/07/19 10:35 [E-mail]
(HOST: p2210-ipad29kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

第511回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年7月24日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

総会のご案内
週末ボランティアの第42回の総会が次の日程で行われます。初めての方でもどうぞ参加され、一緒に議論に加わって下さい。日時:2010年7月24日(土)午後6時〜8時(訪問終了後)。場所:神戸市勤労会館702会議室。    皆さんどうぞおいで下さい。

前回の参加者は5名でした。

・70代女性、中央区公団8階、ユラユラ・ゴー・ピカピカ光って、次にものすごい揺れが来た。窓が開いていてそこから助けを求めた。歩いて階段を降りた。1階は自動車展示場になっていて、柱が無くぺしゃんこになっていた。全壊。市役所に避難していたが追い出しにかかって、2月始め故郷に一時身を寄せた。歩いて神戸まで行き、姫路から新幹線に乗った。6ヶ月無料のポーアイにある公団に入居。その後北区の(公団)に3年ほど入居。公団に移り住みながらここに「市の20年借り上げ」でやっと入れた。しかしここも家賃が上がってくるし、20年後の先行きが心配で、市営住宅に申し込むが当たらない。67歳まで働いていたが今は年金だけ。借り上げ期間を延長してほしいがわからないので、故郷に89歳の母親が一人で暮らしているので、帰ろうか迷っている。ここで一生住んでいける保証が無いことが一層迷いを濃くしている様子であった。入居4年目。訪問時間40分。

・70代後半のご夫妻。中央区で被災、半壊。自宅は半壊でしたが住める程度でしたので、特に避難所や仮設住宅に行くことはありませんでした。現在の住宅には完成直後に入ったそうです。娘さんが一人いらっしゃいますが、現在は家を出て夫婦二人暮らしです。家賃は今9,8万円で、これ以上上がることはないということでした。ご主人は建築の仕事に就いていたため、震災直後は仕事が絶えることなく大変だったそうで、その仕事を奥さんも現場に出て手伝っていたそうです。その仕事も現在は引退状態で、パソコンやガーデニング(トマト)をしながら毎日を悠々自適に過ごしているとのことでした。健康の方も、ご主人が以前に仕事中に脚立から落ち、4日ほど意識が無かったので心配したが、頭を打ち少し頭が重い感じがするものの、特に後遺症もなくお元気な様子でした。震災直後は知り合いから電話が沢山掛ってきて、恐怖と不安もあったそうですが、今ではもう震災の事を思い出すこともないと明るくおっしゃっていました。開放的な雰囲気の明るいご家庭で、お話を伺った私たちの方が元気をいただきました。「いつでも寄って下さいね」と言う奥様の手が有難く「我が家は知人は誰でも入れますよ」と言う言葉に「また寄せて下さいね」と言いながら、1時間の上がり込み訪問でした。
以上


[1635] 第510(新生68)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/07/17 04:30 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

体調不良と多忙のため間が開きましたが,今回は約3ヶ月ぶりの復興住宅訪問活動への参加となりました。

西日本各地で,梅雨末期の豪雨による被害が報じられ,神戸でも時折不安定な天候となる中,新たに生まれかわった週末ボランティア第68回目となった7月10日の訪問活動は,夏間近らしい暑さの中で行われました。この春から参加するようになった新たなメンバーも,その真摯な姿勢と豊かな人生経験を活かし,グループと訪問先の住民の方々と馴染み,理解を深めつつある姿に,神戸・週末ボランティアにおいて,ボランティア団体らしい雰囲気が熟成されつつあることを感じさせました。全文を読む


[1634] 6/26初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/07/04 13:21
(HOST: p8034-ipbfp4105osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆H.Iさん:留守だったので、もう少し色々な人にお話を聞きたいと思いました。


[1633] 第510回、阪神・淡路大震災、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/07/03 23:26 [E-mail]
(HOST: p4197-ipad205kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第510回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年7月10日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

総会のご案内

週末ボランティアの第42回の総会が次の日程で行われます。初めての方でもどうぞ参加され、一緒に議論に加わって下さい。日時:2010年7月24日(土)午後6時〜8時(訪問終了後)。場所:神戸市勤労会館702会議室。    皆さんどうぞおいで下さい。

前回の参加者は新人1名を入れて7名でした。

・60代女性、入居して10年の夫婦。御主人は70代で奥様は60代。震災は灘区で半壊でした。近所は大変な被害を受けて、火事がないだけましでしたと言われました。半壊の家にまだ住めましたのでそこにしばらくおりましたが、水が不自由で近くの公園まで水を汲みに行くのが大変でしたと、御歳に見えない御若い笑顔で答えて下さいました。色々ありましたが東灘の方に賃貸で4年ほどいまして、この公団には10年前引越して来られたそうです。笑顔を絶やさない方で、私どもの小さい質問に答えて下さるとき「世の中には色々とありますね。一つ終えると次に又何か起きて一寸先は闇ですね」と。「この住宅が当たりました当時は不自由でしたよ。今ではとても便利で公団は気楽ですが、お家賃がね」。近所づきあいもこのフロアーはよそよりコミュニケーションが取れているといわれ、御主人はガーデニングを楽しんでおられるとか。「下にいますよ」と言われて下をのぞきましたが高いところは怖いですね。「何か今後のことについて心配事などがございますか」とお聞きしましたが、「別にないかなぁ」と言われながらも又「一つ解決すると次々と何かが起こりますでしょう。でも今まで何とか乗り越えてきましたし、先の心配してもしょうがないし」と言われました。「何より2人元気で毎日が過ごせているのを感謝してます」と。今は駐車料込みで10万円強ですが「もし私一人になったらもう少し小さいところに引っ越しますよ」と終始笑顔で話されている言葉から、私たち方が大いに元気を頂きました。

・70代女性。一人暮らし。『中央区で被災し、自宅は全壊。現在の健康状態は良好(毎朝5時半に起床し、散歩と体操を日課にしています)。一人暮らしゆえ、皆様のお世話にならぬようにと日々健康には気をつけていますが、何時どのようなことが起きるかわかりません。先の心配ばかりしていても仕方ないことなので、毎日元気に明るくをモットーとして生活しています(その折には皆様にお世話になることでしょう)。年金暮らしの我々には市税、公共料金が高くて負担に思います。今少し余裕のある生活ができればと願っています。』この女性の話は記入シートに書かれていた内容をまとめたものです。訪問した際、客人が来られているということから直接お話しを伺うことは叶いませんでしたが、2回の訪問とも快く対応して下さった他、シートの始めには「ボランティア御苦労さまです」と、ねぎらいの言葉を書いて下さっていました。見た目よりも御若く、とても明るい印象を受けました。
以上


[1632] 第409回傾聴ボランティアおよび総会の予告

記入者:東條健司 最終更新日:2010/06/19 11:55 [E-mail]
(HOST: p4137-ipad13kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第509回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年6月26日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

総会のご案内

週末ボランティアの第42回の総会が次の日程で行われます。初めての方でもどうぞ参加され、一緒に議論に加わって下さい。
日時:2010年7月24日午後6時〜8時(訪問終了後)
場所:神戸市勤労会館702会議室 
   皆さんどうぞおいで下さい。

前回の参加者は7名でした。

・外国人の若い女性。震災時は近くのマンションにいた。近所の方も被災に遭い困っていたという。現在の家賃は○万円。毎年上がるため不安で困ると話し手くださった。ボランティアに対してかなり強い警戒心を持っていたように感じられました。「それを聞いてどうするんですか?」とたびたび聞かれたとき、ボランティアとしての自分の立ち位置を改めて考えさせられました。

・70代女性。一人暮らし。東灘区で被災し、借家だった自宅は半壊。当時も独り暮らしであった。ご自身は手を切る怪我をしたが、近所で亡くなられた方はいなかった。しかし、家がつぶれてたいへんな人が多かったという。火事は長田区がひどかったが、家が壊れたのは東灘区が大半であるとのこと。震災直後は近所に住む娘さんのところへ行き、それから小学校で3〜4日ほど避難生活を送る。その後は東京に住む山男の息子さんが水や食料をリュックに背負って来てくれた。その際奥様は自転車で、息子さんは徒歩で西宮北口から歩いたという。当時は北口まで電車が続いていたが、すごい道であった。震災後は東京で一時暮らし、近い市で1年半ほど部屋を借りて住み、この公団へ来た。この間、仮設に住むことはなかったという(当時、60〜70代が優先的に入りやすかったことと、倍率がすごかったことが背景にある)。現在の家賃は月に6万円ほど(昔は1万ほどの市の補助があったが現在はなし)。ここでの付き合いは2人。親しい方たち以外とは特にお付き合いはないが、老人会には入っている。公団ができてから入居しているため、10年ぐらい住んでいる。困っていることはないか尋ねると、電気の取り換えなどが危なくて一人ではできず、放置したままの状態であると話してくださいました。

・60代女性。一人暮らし。西宮市で被災しました。家は全壊です。すぐ近くまで火事が近づきました。その時大家さんが家の下敷きになり亡くなりました。本当に痛ましいことでしたと話して下さいました。お子様は娘さん2人。被害の少ない地区でそれぞれ独立しておられたので助かりました。震災前から一人暮らしとのこと。避難所は近くの小学校に入りましたがガスが漏れているとのことで大急ぎ又近くの中学校に移りました。どうしたものかと思っているところ娘さんの御主人が4駆に乗って連れに来て下さったとか。嬉しかったですよと云われました。それでも近くに女子寮が空いているとかでここが出来上がるまで4年ほどですが入居させて頂けました。この住宅には出来上がってすぐの入居で11年おります。定年後も働いていたのですが両手を骨折して、金具が入っているそうですがその時退職しました。去年9月かかとの骨折でそこにも金具が入っているそうで、「でも杖なしでここまで歩けるようになりました」と本当に若々しく明るい表情で云われました。不安なことはありませんか?とお尋ねしますと「やっぱり一人暮らしですからね。娘たちには毎日電話してよ」と云っています。お家賃の心配はと云いましたところ「始めから覚悟はして入っているのであまり心配していません。共益費と合わせ70,000円ほどですが近くに買い物もでき、充分生活としてはいいところです。家賃が上がればその分何かを節約すればいいし…」とこちらがびっくりするほど御若く明るい方で、かえって私たちが元気を頂きました。

以上


[1631] 第508回、阪神・淡路大震災、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/06/07 21:45 [E-mail]
(HOST: p3173-ipad211kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第508回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集
日時:2010年6月12日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-734-6544、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回の参加者は6名でした。

・60代の男性。我々の訪問を待っていたらしく、快く話に応じてくださった。震災前は灘区に住んでいたが、震災で自宅が全壊したためにたいへん困ったという。震災後は、経営している会社の事務所として自宅を建て直し、現在に至るとおっしゃっていた。入居してから11年が経ち、現在妻と息子二人の4人で暮らしているとのこと。震災直後、奥様が倒れたガラス棚の破片で額を切るという怪我をされたが、須磨から来ていた病院の優しい外科の医師による手当てのおかげで、傷跡が残らずにすんだという。ご近所の方で怪我をされた方はいたのかを尋ねると、亡くなられた知人の話をしてくださった。家の裏手に住んでいた足の不自由な方を助けようと、「助けましょかー!」と声をかけたが、その方に「もういいですわ」と言われたエピソードを、涙を滲ませながらも語ってくださったのである。現在はご夫婦揃って元気で、ボランティアの訪問をありがたいとおっしゃってくれた。震災時の話だけでなく、ご子息が沖縄ファンであり、彼が神戸から沖縄、宮古島を経由して石垣島にも行ったことがあるのを話してくださった。知人を失うという辛いことまで語っていただいたことに多少の罪悪感を覚えたが、彼は最後まで我々の問いにいやな顔ひとつせずずっと話しを続けてくれた。またこの週末ボランティアに関心を持たれたようで、話の終わりにはインターネットで調べておくよと言われた。彼の言葉で、このボランティアの活動意義に少し気付けたような気がした。

・80代の夫と妻。夫婦二人暮らし。灘区にて地震に遭い、自宅は古かったために全壊。近くの中学にてしばらくの間避難生活を送る。その後は六甲アイランドの仮設に移るが、住みづらかったために県外の県営住宅に引っ越したという。そのため復興住宅にはなかなか当たらず、現在の公団借り上げに10年前やっと入ることができたが、家賃が高いことから1人になれば払いきれないとおっしゃっていた。ご夫婦ともに足が不自由の様で、奥様は手押し車でかろうじて買物ぐらいは行けるようであった。御主人は自転車で2回転んだのが原因で歩くのが大変になり、週1回の病院への通院には車椅子を利用されているとのこと。週1回に1時間半だけですがホームヘルパーさんに掃除や用事などをお願いしているという。御主人の生まれは神戸で兵隊にも行きましたが、国内であったので海外ならば恩給がついたのにそれもなく、2人の子どもも結婚してあまり家に来ないし、知人とも離れ、近所の人と話すこともなく寂しいと、とつとつと話してくださった。また時折話がはずむ中で、現役時代の電車に勤続35年務められたことや今の楽しみは野球とプラモデル等を作ったことをうかがった。今の家の家賃は95,000円と高額で市営や県営に入居したいのに思うようにならない。とうに金婚式は過ぎたがもし1人になった場合に現在の家賃が払っていけるかどうか不安で心配である。週1回のヘルパーさんでは近くにある病院に連れて行ってもらえるだけで他にしてもらえることが少ない。除隊のときは3万しかもらえなかった。風呂は1人で何とか入るけれど大変であることなどを色々語ってくださった。御主人の父親が100歳まで長生きされたことを話してくださったが「年はとりたくない」と寂しそうに呟かれていた。私たちにはどうぞお元気でと言葉をかける事しかできなくて辛かったです。長生きしてくださいね。

・60代女性、夫と二人暮らし。中央区で被災。震災で家もろともペッシャンコになってしまった。犬を抱っこして冷蔵庫と流しの間に立っていて命は助かったけれど、引きこもってしまった。震災から4年後脳腫瘍を患い緊急入院した。余命6ヶ月を宣告され、身辺整理を始めるも回復は早かった。夫はこの間疲れきって何もする気を起こさなかったが、この時ばかりは奮起して日雇いの仕事をして現金を稼いだ。退院して映像が消えた。母の顔すら思い出せない。余命宣告が訪れた8月に母が亡くなった。母から命を授かったと思った。母から常日頃から、夜は風呂・ヤカンなどに水をいっぱい張りなさいと教訓を受けていたことがこの震災では役に立った。近所に住む人が妻・娘・ネコの呻き声を3日間聞いていた。近所の人たちも聞いていた。みんな手に道具を持って助けようとしたが果たせなかった。無念の想いから今でも耳から離れない。また、小さなビルに母子4人で住んでいたが、母親は赤ちゃんと1歳の子と4〜5歳の子を抱いてペッシャンコになっていた。常日頃から母親が夜仕事に出るとき、送る子どもたちの声が耳に残っている。それから肺癌を患い(余命4ヶ月)、放射線治療を受けて癌は無くなった。リンパに近いところなので効果は10%と言われていたけれども・・・。「わたしの家には喫茶店に来るように、いつでもお茶を飲みにいらっしゃい」と気楽に声をかけて頂き、家に入れて頂いて、1時間余り震災と震災後のお話を傾聴しました。

以上


[1630] 5/8初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/05/18 07:37
(HOST: p5114-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆Fさん:初めてのボランティアで、最初はすごく緊張しました。ほとんどの家が留守で残念でしたが、最後に話しを聞けて本当によかったです。また参加したいと思います。

☆T.Mさん:参加させていただいて、今まで知らなかった世界をかいまみせて下さり、ありがとうございました。自分の悩みだけに一杯だった、せまいみかたが変わりつつあります。人様のボランティアといいながら、私の中身が満ちてきた今日の一日でした。


[1629] 第507回、阪神、淡路大震災、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司  最終更新日:2010/05/13 16:20 [E-mail]
(HOST: p13206-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第507回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年5月22日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に304号室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回の参加者は新人3名を入れて10名でした。

・80歳女性、今は息子さんとお孫さんと三世代で住んでいる。訪問を待っておられた。冷たいので中へどうぞと玄関にいれて頂き、お話を伺う。地震のとき、ゴー、ドーンなど爆弾のような音がして、次に揺れが始まる。が南北に揺れたので何も落ちてこなかった。家族は誰も怪我はなかった。避難所、仮設には一度も行っていない。半壊のまま屋根など修理して住んでいた。姉の家が全壊したので一緒に住む。電気は早く来た。ガスが遅かった。煮炊きはカセットコンロなどで。他に、炊き出しやおにぎりなど区域の青年団の人達が配達してくれた。水は住吉川の東側に住んでいたので、川から水を汲んできた。風呂は1ヵ月後に尼崎まで入りに行った。他に比べて被害が少なかったと言っておられた。夫が5年前に肺からくるリンパ腺がんに罹って死亡。その3年前に脳梗塞で倒れる。病気の原因を震災との関わりについて尋ねると、それはないと否定される。が夫が経営している長田の仕事場、旋盤工場が全壊したとのこと。機械など潰れてしまい、再開するも機械の購入等大変だった。景気が悪くなる一方なので尚更・・・と。明るく話されている表情からは想像できない苦労をされてこられた、人生の行程を垣間見た思いがした。近所とも付き合いがあり、とても明るい表情でお話されたのが印象的でした。1999年4月にここに移り住む。約50分のお話伺い。
 
・70代女性。長田区で全焼。近くの小学校に避難したが,そこにも火が迫ってきたので,別の中学校に避難,3〜4日過ごす。枚方市の弟さん宅を経て,京都市の公団住宅で3年8ヶ月過ごす。いろいろな手続のため長田区役所に通った。4年目にやっとここが当たり嬉しかったです。10年前にご主人が亡くなられたとのこと。その後当初C型肝炎だったが治ったと言われたのにガンと診断を受け、11回入退院を繰り返したが今は落ち着いている。病気がわかるまではボランティアもしていたが止めて今に至ってます。老人会に入ってボーリングを楽しんでいます。子供はいない。姉妹と弟と6人で今も来ていますよと言われ、明るい人でした。


[1628] 第506回阪神・淡路 週末ボランティア

記入者:東條健司 最終更新日:2010/05/03 09:23 [E-mail]
(HOST: p13206-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第506回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集

日時:2010年5月8日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは5時終了)

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に303号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回の参加者は7名でした。

・70代男性,一人暮らし。兵庫区で全壊。怪我はなくガレキの隙間から自力で脱出されたという。その時は「アッ」という感覚だったと言う。近くの公園に1月ほど避難、仮設に申し込んだが当たらなかった。一番困ったのはトイレ。あちこちに穴を掘ったり,水道が復旧していない水洗トイレに給水車からもらってきた水をほとんど費やしたりした。こうした情況にたいして市職員は衛生が悪いと文句を言うだけだった。その道の組の人が肉を差し入れてくれた。「やっぱ人間やで!」。自衛隊の風呂に入ってやっと汗を流した。水道が復旧した娘さんのマンションへ移ったが,電気・ガスの復旧が遅れた。今はどんなところへ住みたいかと聞くと、高層住宅ではなく地面に接したところに住みたいと思うが…とのこと。廊下に出て六甲の山を見ながら、30分のお話伺い。

・70代女性,夫婦2人暮らし。芦屋市で全壊。近くの小学校に避難したが,トイレ掃除がたいへんだった。市外の公営住宅を経てこの復興住宅へ。テレビが楽しみ,介護保険料が高くなってたいへん,今では地震のことを笑って話せるようになった。夫婦仲良く元気で暮らしているご様子

・40代男性,一人暮らし。灘区で半壊。息子3人は逃げたが父親は母親の仏壇のため家に残った。近くで何人か亡くなった。港湾の仕事をしていていろいろお話して下さった。政治に関心があり、ビールが友達。律義で優しい人。訪問に向かうボランティアの姿を見て待っていてくださった。                       以上


[1627] 4/10初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/04/24 14:50
(HOST: p3154-ipbfp1404osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆Kさん:今日の参加に私自身は貢献できませんでしたが、私にとってはとてもためになりました。震災時の話を聞かずとも、私達が訪問して耳を傾けることで、何かが互いに得られているのでは、と思いました。今回は、積極的に話をして下さった方に出会えたので、幸運だったと思います。

☆Mさん:訪問した人たちが、かなり元気だったのでびっくりしました。口調がしっかりしていました。


[1626] 第504(新生62)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/04/17 21:57 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

体調が思わしくなく,訪問活動への参加が1回あいてしまいましたが,新生週末ボランティア第62回目となった4月10日の訪問活動は,ちょうど桜が満開をむかえ,好天のお花見日和の中で行われました。

初参加者は前回同様3人でしたが,参加のきっかけでもっとも多かったのは「神戸新聞」掲載の参加案内とのことで,新聞に掲載されていることで信用と安心をもたらすのでしょう,それにみあった活動を心がけてゆくことで,地元からの真摯で着実な参加に,今後ともつなげていきたいと思います。

こうしたお花見日和の好天のおかげで,訪問予定となったお宅の過半数がお留守であったほか,最近になって入居してきたばかりの被災者でない方のお宅もいくつか含まれた中での訪問活動でしたが,意義あるお話し伺いを実現することができました。その概略を紹介しておきます。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。


[1625] 第505回傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司  最終更新日:2010/04/17 20:19 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第505回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集
日時:2010年4月24日(土)午後1時〜7時
(訪問だけは、5時終了)
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に304号室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)

前回の参加者は新人3名を入れて8名でした。

・70代、女性。中央区で被災全壊。小学校に避難。3ヶ月いたがその後近くの文化住宅に移り、小学校までお弁当を頂きに行ってました。仮設は何度申し込んでも当たりませんでした。ご主人と娘さん、自分と怪我もなく助かったのは何よりとおっしゃっていらっしゃいました。息子さんは別のところにいて無事でした。マンションごと潰れていたのを呆然と見ていたように思います。火は出なかったものの何一つ出せず本当にそれぞれ身一つで逃れたのです。その頃から体の弱いご主人は、3年前に他界された。ここには出来てすぐ入居し娘さんと二人暮らしです。自分はペースメーカーを入れているし、娘さんは病弱で入退院を繰り返しています。息子さんは40代です。この公団には10万からの家賃を払っておられるとか。そして避難所の話を懐かしそうに、あの頃は皆それぞれがいたわりあっていたが、ここに移ってからは集会所にも人はあまり集まらなくなったがと淡々と話してくださいました。もしこれから災害があればと思い水と少しの食べ物はいつも貯えていますとのことでした。娘さんが早く良くなられると良いですねと30分余りのお話伺い。

・男性80代、妻(70代)と2人暮らし。東灘区駅近くで全壊。中学校で避難生活をしていたがタバコを吸うのであまりいい顔をされず、マンションを借りて4年いました。地震の時全壊した家の地盤が、昭和13年の水害でゆるい上に建ててあったのでしょうか、すごい揺れで柱が2つに折れてしまいました。JRの線路沿いの石垣が崩れて出られず、中の者は息子さんが助けてくださった。平成12年にペースメーカーを入れ、病院で3ヶ月に1度検査を受けています。息子さんは1人だが、今の世情でまだ独り身と話されてました。今の若者はかわいそうだとも言われてました。ご主人は体が弱く60歳までしか勤めが出来ずにいるが、奥様がお元気で今も働いておられるとのこと。そして戦争の話をしてくださった。昔は近所どうし助け合って生きていたと、又奥様がお世話好きで一時は近所のお子様を5人くらい預かっていたこともあります。それにくらべて今は隣は何をする人ぞですね。でもここは年齢がいっているので管理費を安くしてもらい安心である。話の途中、窓の下を指差してここには保育所があったのだと。現在日本が困り果てている沖縄の話などもしっかりと話され、若い頃志願兵をして行ったのはごはんがお腹いっぱい食べられるからだと。戦争、空襲、水害、地震と何もかも経験した中で若い女性が爆撃でたくさん死んだことを今でも目に残っていると。遠い目をして挺身隊の白いタスキが草の上に並べられていたことを思い出す。戦争はいやですねと。1時間以上の訪問。最後には「清水次郎長」の歌を3番まで歌ってくれました。一同3番では一緒に歌った。遠い目をしながら。

・70代女性、灘区で全壊。姉妹3人で大学体育館で2カ月お世話になりました。不自由、大変だったこともありましたが、今思い出としてお世話になった事、楽しかった事だけが思い出せます。体育館を暖かくしていただきありがとうございますの一言につきます。現在は姉が介護4で私たちも病気がちです。心配事といったらきりがありませんので一日一日を楽しく過ごしています。今後ともよろしくお願いいたします。(自筆記述)
以上


[1624] 3/27初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/04/05 18:37
(HOST: p7181-ipbfp204osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆谷口武清さん:傾聴ボランティアが出来れば、私も務めたく思い、勉強の為に参加させて頂きました。今回は震災の被災者を対象とされていたので、私の想いとは別でしたが、勉強になりました。有難うございました。

☆T.Oさん:諦めず、根気よく応答を待つことの大切さを知りました。また、押し売りではないのだから、多少の強引さも必要だというのも納得です。ただ一つ、相手の形を見ないでメモを取り続けるのは若干抵抗がありました。

☆K.Sさん:ボランティアは全く初めてなので不安だったのですが、何とか皆様のお陰で無事終わりました。お伺いした所は少なかったが、大変有意義なものを感じました。


[1623] 第504回、阪神淡路大震災、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/04/01 14:47 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第504回、阪神・淡路大震災
傾聴ボランティアの募集


日時:2010年4月10日(土)午後1時〜5時

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅


(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)



前回の参加者は7名でした。


・40代男性。被災しておらずこの復興住宅へ入居したのは去年とのことであったが,各戸をまわって「お話し伺い」を続ける訪問ボランティアの趣旨を理解していただけるよう,短いやりとりの中でも留意した。

・兵庫区で半壊。訪問時お留守との連絡をあらかじめいただいていたが「有難うございます。今のところ元気です。(あんしん)すこやかセンターでお世話になっていますので…」と,自身で記入した支援シートを戴いた。介護予防生活支援サービスを利用されている模様。

・60代男性,灘区で全壊。訪問時お留守だったが「健康状態は良好です。心遣いありがとうございます」と,自身で記入した支援シートを戴いた。

・40代女性,母が須磨区で全壊,近くの私学で避難生活を送った。区画整理のためもといた場所に戻れず自分がいる大阪へ。復興住宅入居で不利になり,ここへ入居したのは4年前。
    
以上

[1622] 503回傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/03/22 00:35 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第503回、傾聴ボランティアの募集

日時:2010年3月27日(土)午後1時〜5時

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分

・午後1時に702号室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)


前回の参加者は6名でした。

・70代男性,中央区で全壊。自宅は全壊したが,経営していたアパートは残ったので,そこに住んだあとこの復興住宅に。被災してテント生活を送っていた80人ほどの近隣住民に早朝から届けられる食糧の仕分けをしていた。初め16人はで作業していたが最後は自分一人に。テントを閉めたあとはみなバラバラになった。

・60代女性,夫婦2人暮らし。中央区で全壊。おしどり夫婦で永年理髪業を営み,ご主人は朝刊配達もしていた。震災の時,ご主人が配達し終えて外に出たばかりのビルが倒壊,4時間後に帰宅して埋まっていた奥さんと娘さん,お孫さんを救出。奥さんはタンスの下になりお孫さん引き寄せたきり動けず、娘さんとじっとしていた。すぐ近くの空間にネコが居たのが分っていたが、ネコは解体時まで取り出せなかった。奥さんは以来腰痛に悩まされ,最近は頭部できた腫瘍を除去する手術を受けた。震災後一時親類宅に身を寄せたが,ポートアイランドの仮設住宅に最後までいたあと,最後の抽選でやっとこの復興住宅に。震災後間もなく仮設店舗を経て営業再開したが,2年4ヶ月前,配達中にご主人が倒れ,ほとんど意識がない状態に。店も閉め,自身の入通院のとあわせてご主人の入院先に通う。会話ができなくなったと涙ぐみ悲しんだが,夫を亡くした参加者の一人が,声かけをしてみるよう勧めたりする中で,気持ちが晴れたと,表情も明るくなっていった。廊下の端まで手を振って見送って下さった。1時間半のお話伺い。                
 以上


[1621] 第502(新生59)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/03/14 00:12 [WebSite]
(HOST: 60-56-134-43.eonet.ne.jp)

新生週末ボランティア第60回目となった3月13日の訪問活動は,前回以上の暖かさの中で行われました。今回もまた不在のお宅が多く,お話し伺いができたところは限られていますが,限られた機会を最大限活用する姿勢を大切にしたいものです。また,予定していた訪問活動が早く終わったあとの過ごし方についても,ときには自重が求められるものであることを,心得ておく必要があるでしょう。

この日うかがった概略です; 全文を読む


[1620] 第502回傾聴ボランティア

記入者:東條健司 最終更新日:2010/03/07 12:10 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

前回で501回を踏み出しました。
特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第502回、傾聴ボランティアの募集

日時:2010年3月13日(土)午後1時〜5時

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分
・午後1時に305室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅


(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司)


前回の参加者は6名でした。

・60代女性、1人暮らし。灘区で延焼、全焼。六甲道で被災されました。「まさか、神戸に地震は来ないだろう」と思っていた矢先のことで、娘さんと共に着のみ着のまま家から脱出されたそうです。仮設住宅は都賀川の公園で、桜の風景等が美しく、意外にも楽しいことも多かったとポジティブに語ってくださいました。また、当時の様子として、人間の善と悪が共存―不足する物資を親切に提供してくれる人間がいる一方で、物資の強奪まがいのことが起きていたことなども語ってくださいました。私にとって特に意外で興味深かった話は、食事中にマスコミがその風景を取材に来たり、アマチュアの人間が無許可で写真を撮りに来ることによる『プライバシーの縮小』に困ったという話でした。現在の家は抽選の最終選考でようやく当選されたそうです。家賃は「新築ですから」高い。現在は年金も受給されていますが、家に篭りきらないようにするのも大事と、介護の資格を生かしてグループホームなどで介護の仕事をしているそうです。沢山のお孫さんにも恵まれ、1番上の孫は18歳。元気そう。震災の話題は現在なかなかしにくいと、話に来るのがありがたいと今回の訪問をとても喜んでいらっしゃいました。1年ぐらいはボランティアもしていた。震災時の水配りで足を少し痛める。楽譜をプレゼントされて喜ぶ。被災され、辛い思いをされたこともあるようでしたが、「人生長ければ苦労は誰にでもある」とそれを笑い飛ばす快活な笑顔が印象的な方でした。                               
 以上


[1619] 第501(新生51)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/02/28 00:14 [WebSite]
(HOST: 60-56-134-43.eonet.ne.jp)

新生週末ボランティア第59回目となった2月27日の訪問活動は,神戸ファッションウィークのメイン行事・神戸コレクションが行われるなど,町にはひときわ華やいだ雰囲気のところもありましたが,真摯な姿勢を改めて確認した参加者の協力のもと実現されました。

今回もまた暖かな天候の中,留守宅が多かったにもかかわらず,すべての参加者が「お話し伺い」を実現し,真摯な姿勢がもたらす充実した内実とあわせて,参加者自身の心地よい緊張感の意義を確認することができました。

この日うかがった概略です; 全文を読む


[1618] 第500(新生58)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/02/27 10:48 [WebSite]
(HOST: softbank126104244214.bbtec.net)

2010年の第2回目であり,新生週末ボランティア第58回目となった2月13日の訪問活動は,阪神淡路大震災が発生した1995年6月に仮設住宅への訪問活動を始めて以来,通算500回目となりました。

既に1月9日のつどいを「訪問活動500回記念プレ企画」として行ったこともあり,この日は特別な行事を特に用意しませんでしたが,訪問前レクチャーの場において,黙祷をするとともに,ある参加者の音頭取りで「しあわせをはこべるように」を歌いました。また,前回の訪問活動前に議論した,対置自身に関して支援団体に週末ボランティアの予算からカンパを行う件については,事情により中止することとしました。

早くも梅の花が満開になろうとする暖かさの中,予想外に留守のお宅が多かったのですが,平素から私たちの訪問活動に協力してくださっている住民の方々のご協力により,初めて訪問活動に参加された方に,復興住宅とそこに暮らす被災者の現状を理解していただく機会を得ることができました。

こうした住民の方々の最近の意識としては,復興と生活再建に続き,成熟した市民社会をともに担うパートナーとしての役割を期待していることを,さらには,そうした期待が,「」参加者の資質向上をいっそう求めるものであることを,強く感じました。「来たい人より来てほしい人を」求めて動き出そうとしています。旧くからの参加者の一部諸君には,参加に関する姿勢を今一度顧みてもらいたいところです。

お世話になっている倉谷さん宅で訪問活動の集約を簡単に行ったあと,勤労会館に戻って終了ミーティングを行いました。この日の参加者を10名とした報告もありますが,実際には他用での参加者への面会のためミーティングの場に現れた人を数えているため,実際には9名とすべきところです。

活動と参加者の資質向上が今こそ求められています。それなくして今後の継続はあり得ません。

またミーティング終了後,訪問活動の記録活用をめぐって問題提起がなされましたが,その中で一部の参加者が,自らの主観性に無自覚なまま,以前理解を得られなかった議論を蒸し返したことは,非生産的なものといえますが,支援に結びつけるための集約という点では,さらなる議論が求められるところです。

1年半あまり前から制作してきたThis is 神戸・週末ボランティアウェブサイトが,Yahoo! JAPANカテゴリ登録されました。これも,「阪神淡路大震災の被災地・神戸で今なお復興住宅への訪問活動を続けているグループの記録とレポート」としての内容・手法もさることながら,データ修復に始まり,校訂と再整理を行った,訪問活動の記録が,被災者・被災地からの広範な声を届けるものとして,理解を得たものと思われます。 全文を読む


[1617] 501回、傾聴ボランティア 募集

記入者:東條健司 最終更新日:2010/02/22 12:38 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第501回、傾聴ボランティアの募集

日時:2010年2月27日(土)午後1時〜5時

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
305室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)


前回の参加者は新人3名を含めて10名でした。

・70代男性、1人暮らし。東灘区で全壊。糖尿病のため週3回ポートアイランドまで通院したり、2日に1回買い物をしたり以外はあまり外出しない。行政に対してもあまり期待していない。政権が変っても私たちの者の事は考えてくれていないと思う。だから人に迷惑をかけないよう、1人で前向きに生きるしかない。

・60代男性、夫婦2人暮らし。灘区で全壊。「テント村1年、仮設住宅4年」の後この復興住宅へ入居したが、旧公団から神戸市が20年契約で借り上げた部屋なので「その後の住まいが心配」、「今の住宅に住み続けたい!」と、自ら記入された支援シートをもとに、切実な訴えを伺った。

・70代女性、1人暮らし。灘区で全壊。退職後移り住んで1カ月で被災。近所では火災も発生し何人か亡くなったが、同じ建物に住んでいた男子学生に助け出された。最後くらいに当たった西区の仮設住宅で4年余りを過ごしてこの復興住宅へ。長く住み込みで働き一人で生きてきたため,近所づきあいが苦手とのこと。はじめは震災のことは想い出したくないとのことだったが,話しながら表情が明るくなっていき,40分にわたるお話し伺いに。

・20代女性。中央区で被災。被災後両親と加古川市の親戚宅へ身を寄せた。震災のときは9歳だったのであまり覚えていない。1月17日に男児を出産したと聞き,思わず「おめでとうございます」と言った。

・60代男性。中央区で被災。下着の中に食料品が入っていたりするなど,支援物資は使えなかった。近くの私学での避難生活をしていた間,住所がなく仕事ができなかった。やっと当たって入居したポートアイランドの仮設住宅は「人間のゴミ捨て場」。まるで「貧乏人は要らない」,もとのところへ帰りたければ自力で,といわんばかり,とのこと。地震でも震災に関する資料を集めてアルバムにまとめている。

・30代女性,家族3人暮らし。中央区で自宅・店舗とも全壊。仮設住宅になかなか当たらなかった上,この復興住宅へは旧公団に申し込んで,家賃の減免が全くない条件で入居。 以上


[1616] オドレイ・フーシェ監督「メモリーズ・コーナー」続報

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/02/11 22:44 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

先にここでも紹介した,オドレイ・フーシェさんの監督作品「メモリーズ・コーナー」ですが,「神戸新聞」と相前後して「読売新聞」でも紹介されています。

映画、阪神大震災描く…1・17のつどいで撮影スタート 2010年1月12日 読売新聞 大阪本社版

 阪神大震災をテーマに、神戸市を舞台としたフランス映画「メモリーズ・コーナー」の撮影が17日、神戸市内で始まる。震災15年を機に、神戸を取材に訪れた仏女性記者の目を通して、復興した街や被災者らを描く。2011年のカンヌ国際映画祭に出品する予定。
 オドレイ・フーシェ監督が07年に神戸を訪れた際、震災に興味を持ち映画化を進めていた。「ある子供」(2005年)や「譜めくりの女」(06年)に出演した仏女優デボラ・フランソワさんが記者を演じる。日本からは俳優の西島秀俊さんや阿部寛さんらが脇を固める。
 撮影は17日〜2月20日。17日に神戸市中央区の東遊園地で開かれる追悼行事「1・17のつどい」で撮影するほか、復興住宅が立ち並ぶ同区の「HAT神戸」や大火に見舞われた長田区、淡路島などでもある。
 日本側の制作会社「Twenty First City」は「監督が3か月間日本に滞在し、自ら取材もした。主人公を通し、監督が震災について感じたものを表現するはず」と見所を紹介していた。

東遊園地での撮影を見かけた人もいるのではないかと思いますが,象徴的・印象的なシーンは,淡路島で撮影されているようです。

震災復興テーマの仏映画、淡路でロケ始まる 2010年01月30日 朝日新聞

 阪神淡路大震災からの復興をテーマにした日仏合作映画「メモリーズ・コーナー」の撮影が神戸市や淡路島で進んでいる。29日には淡路島ロケが始まり、淡路市野島貴船の山中に俳優の阿部寛さん、西島秀俊さんら約100人が集まった。2011年のカンヌ国際映画祭への出品を目指し、フランスなど世界各国で公開される予定という…
監督はフランス人女性のオードリー・フシェさん(29)で、黒沢清監督が脚本監修を手がけた。…オードリー監督は「震災で亡くなられた方々や心や体に大きな傷を負われた方々のことを絶対に忘れない、というメッセージを伝えたい」と話している。

震災で亡くなられた方々や心や体に大きな傷を負われた方々のことを絶対に忘れない

こうしたことは,被災者の生活再建と被災地の復興のために役立とうとする全ての人が当然にも堅持していなければならないもので,あわせてそれを広げてゆくことも責務なのですが,これを彼女と作品に託したいと思います。 全文を読む


[1615] 訪問活動概略;2009年 ほか

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/02/11 22:43 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

昨年1年間の訪問活動における「お話し伺い」をまとめ,再編集して,「訪問活動概略;2009年」をまとめました。

先にも少しお知らせしたように,2008年までの訪問活動のまとめは,OoCities.comのプロジェクトの一環として,海外サイトでの永久保存が行われています。復元の過程で行った再編集により,グローバルスタンダードに照らして,保存価値を認められるようになったといっていいでしょう。

このほか,ふるい参加者の手になる貴重な資料を合わせて,神戸・週末ボランティア アーカイブズにまとめました。新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ トップページからもご覧いただけます。 全文を読む


[1614] 1/23初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/02/09 07:04
(HOST: p5005-ipbfp1602osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆後藤卓吾さん:今回、ボランティアに参加するまで、震災の「傷跡」ともいうべきものをかいま見る機会はありませんでした。それが、今回の参加により、震災の体験者からお話を伺い、また当時の様子を思い出す時の表情を目の当たりにすることで、ほんのわずかですが、震災の「傷跡」が、今も被災者の中に存在するのをかいま見ることが出来たような気がしました。


[1613] 第499(新生57)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/02/05 01:56 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

2010年の第1回目であり,新生週末ボランティア第57回目となった1月23日の訪問活動は,「1.17」からほぼ1週間が経ち,落ち着きを取り戻したなかで,常連となった参加者に加え,新たな参加者,久方ぶりの参加者らを加えて,2グループで20戸のお被災者宅を訪問しました。

参加者の訪問活動に臨む姿勢,被災者−住民への共感を持って接する態度が,「お話し伺い」のあり方以前に,問われていることを,またそれが活動の資質の前提であることを,痛切に感じさせるものでした。

おおきに!oocithies! HARA Hideki's Blog

以下,この日うかがったもののいくつかを紹介しておきます。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。


[1612] 清重さん、赤西さん

記入者:東條健司 最終更新日:2010/02/05 00:29 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

清重さん、赤西さん こんにちは。

いつもシッカリと週ボラのことを見ていてくれてありがとう。
思えば2人とも、始めたころはみんなと同じ、熱心さが主なものでした。

それが今ではスキルを備えた見事な職業人。
それだけに苦労も多いことでしょう。

われわれは相変わらず熱のみです。
いつまでも続く被災者の心に沿って、これからも続けていくばかりです。

週に1度が2週に1度になり、シッカリとしたペースで続けて行きます。素人ですが、ただ思う心で、いつも皆さんと繋がっていたいと思います。

いつも、友遠方より来る、の気分でいます。
これからもよろしく。


[1611] 500回目の訪問

記入者:東條健司 最終更新日:2010/02/04 23:27 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

今日で500回目。

本当に多くの方々の努力で、500回という回数を重ねる事が出来ました。全ての皆さんに感謝します。阪神・淡路大震災の被災者の現状はまだまだ問題が残されています。皆さん努力をしています。心を傾けて聞きに行きましょう。特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第500回、傾聴ボランティアの募集
日時:2010年2月13日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
305室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

前回の参加者は新人2名を含めて9名でした。

・70代女性,夫婦と娘さんの3人暮らし。灘区で全壊。親族のアパートに避難した後,民間賃貸住宅を経て,旧公団に申し込んでこの復興住宅へ。2年に1度家賃が上がり,今度上がれば上限に。生活は,年金のほか,ご主人の仕事が週2〜3回,娘が出してくれている。70過ぎるとしんどい。不自由したが恵まれている方だと思う。
・40代女性,長田区で一部損壊。揺れで死ぬかと思った。水道が出てもガスが出ないと入れないので,風呂に困った。近くの小学校に2〜3ヶ月避難。市営住宅を申し込んでいたがなかなかあたらず,粗末ながら家賃の高い文化住宅などを経て,旧公団に申し込んでこの復興住宅へ。「生きてなんぼ,命を大切にしてほしい」と16年目の「1.17」を控えてのメッセージ。
・70代女性,夫婦2人暮らし。東灘区で全壊,近くの小学校に1月あまり避難した後,希望していたところがなかなかあたらず北区の仮設住宅へ。寒かったが,ふれあいセンターでお茶を飲んだりしたことを思い出す。3年8ヶ月過ごしたが,最後の半年はうちだけだった。旧公団から借り上げた市営住宅であるこの復興住宅に。年金が少なく家賃は低減されているが,値上げされた。
・30代女性。被災者枠ではなく一般入居とのことだが,インターホン越しにお話し伺い。震災の年に成人式をむかえた。犠牲者をもっとも多く出した大学に通っていたので,地震発生がもう少し遅かったら自分も…。
・60代女性,中央区で全壊。お留守でしたがシートに記入してくださいました:家探しに苦労しました。水,食べ物に苦労。家賃の軽減をお願いします。            以上


[1610] 1/23初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2010/02/01 17:39
(HOST: p1057-ipbfp2703osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆秋武尚志さん:本当にテレビや新聞等では分からない、貴重なお話を直接聞く事が出来ました。私にとって震災は、他人事の様な出来事だったのです。電車で数十分ぐらいの距離なのに。あれから15年、若い人が増えていても時間は流れているんだなぁと実感しました。


[1609] Re: 仏映画、震災15年目の1.17から神戸でロケ

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/01/22 16:16 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

東條さんが紹介してくださっている件ですが,

監督のオドレイ・フーシェ氏が平成19年に神戸に来日した際、私たちと一緒に復興住宅を訪問して歩き、多くの人たちと話をした。後に倉谷さん宅に多くの時間を割き、倉谷さんを撮りまくったという。

このオドレイさんは,2007年4月14日の訪問活動に同行したほか,倉谷さんらに引き続きインタビューや撮影を行いました。訪問活動参加の様子やその後の報道については,弊サイトThis is 神戸・週末ボランティア新世紀の「週末ボランティア」訪問活動篇・2に掲載していますので,ご覧ください。

またこれに先立って神戸新聞でも紹介されています。

日仏合作で復興を映画化 17日神戸でクランクイン 2010/01/10

 阪神・淡路大震災後の被災地を舞台にした日仏合作映画の撮影が、地震から15年となる17日、神戸市内で始まる。外国人記者の目を通し、復興に向けて歩む被災地と、そこで暮らす人々のドラマに光を当てる。脚本・監督のフランス人女性オドレイ・フーシェさん(28)は「知人が当時神戸で暮らしていたことや、自分の誕生日が1月17日であることから関心を持っていた」と話す。

 震災15年の追悼行事を取材する若いフランス人女性記者が主人公の劇映画「メモリーズ・コーナー」。主演は、映画「ある子供」「譜めくりの女」などで知られる女優デボラ・フランソワさんが務め、西島秀俊さん、阿部寛さんら日本人俳優も出演する。

 フーシェさんは2003年、国立映画学校「ラ・フェミス」に進学し、脚本技術などを学んだ。両親と親しい日本人が神戸で被災し、以前から話を聞かされていたこともあり、震災を題材にした映画を作りたいと思うようになったという…

以来約3年の間,映画化実現の過程で,震災15年や上映時期を考慮して,シナリオも手直しされているかも知れませんが,配役も豪華なものになっているようです。

結果として,いち早く制作に協力した私たち神戸・週末ボランティアも,世界に向けて,被災者−市民とともに,成熟した市民社会をともに築く,文化創造の担い手にふさわしい,矜恃と,活動の資質をもって,平素の活動に臨みたいと思います。


[1608] 15年か・・・

記入者:赤西裕之 最終更新日:2010/01/19 23:44
(HOST: FL1-119-239-66-121.hyg.mesh.ad.jp)

どうもご無沙汰しております。 今仕事で心身共に疲れている赤西です。 私も朝日新聞で週ボラの記事を拝見しました。 もう500回なんですね。 一昨日の17日は、たまたま公休日だったので、西宮市内の震災関連行事に行って参りました。又、家では震災関連品(関連本約40冊、録画したビデオ17本、週ボラで使った品々、新聞、震災直後のチラシetc・・・)を整理しておりました。 マスコミでは15年を一つの区切りの様に扱っておりますが、言うまでも無く被災者にとって「区切り」などありません。 又、かつて震災関連の本や新聞に「震災で見えてきた問題を全国レベルで捉えて、対策を進めよ」と寄稿しましたが、現時点で私の見える範囲では国、行政などの取組はまことにお粗末そのものです。神戸活性化のために「ルミナリエを毎月やれ」と言ったドアホな大臣もおりました。
仕事柄、「身寄りの無い高齢者が病院に『社会的入院』を余儀なくされ、その後の行き場がない」とか「家族介護に限界を感じ、親を適切な所に入所させたいが、年金の範囲で入れる所が無い」などといった話をよく聞きます。 震災ばかりでなく、人災や政治の貧困さによる「被災者」も数多く存在し、対策は同時進行で進めていくべきではないでしょうか。


[1607] 第499回週末ボランティア、お話伺い

記入者:東條健司 最終更新日:2010/01/16 16:17 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

明けましておめでとう御座います。今年初めての訪問です。大勢の参加で阪神・淡路大震災の被災者の現状を聞きとりましょう。

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第499回、傾聴ボランティアの募集
日時:2010年1月23日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
305室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)


今回の参加者は5名でした。

・20代男性,中央区で被災。住める状態ではなかったが全壊判定にならなかった。仮設住宅には入らず姫路の親戚宅へ身を寄せた。復興住宅入居に不利となったため,竣工が遅かったこの復興住宅へ。
・60代女性,東灘区で被災。娘さんと同居。もう一人の娘さんが双子の出産のため入院中で,その看病と孫の世話に追われている。被災当時少年であった息子さんも独立しているが,近くの公営住宅に住むようになり,やはり孫の世話などをあてにされているとのこと。
・70代夫婦2人暮らし,東灘区で全壊。六甲アイランドの仮設住宅からこの復興住宅へ。入居申し込み当時,奥さんがまだ60歳に達していなかったため,高齢者世帯として優先されなかった。
・80代女性。震災時は息子さんが東灘区で全壊,本人は尼崎で入院中だった。ご主人を40台で亡くし,筋肉が弱る病気と腰痛を患っている。息子と孫2人が働いて4DKの部屋に00万円を支払っていて、田舎からも色々と送ってもらって居る。寂しくないし,今は安心して暮らしている、とお歳にはとっても見えない色つやでお話を頂いた。
・70代,中央区で半壊。所有していたビルが半壊となり,事情があって手放した。震災の時火が出なかったのが幸いだった。この復興住宅に入居して6年だが不自由はしていない。家賃は0万円であるがもう少し安ければいいと思うと話された。もう被災する事もないだろうと、小学校の時の津波の事を思い出しておられた。                以上


[1606] 仏映画、震災15年目の1.17から神戸でロケ

記入者:東條健司 最終更新日:2010/01/16 00:15 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

仏映画、震災15年目の1月17日から神戸でロケ。

監督のオドレイ・フーシェ氏が平成19年に神戸に来日した際、私たちと一緒に復興住宅を訪問して歩き、多くの人たちと話をした。後に倉谷さん宅に多くの時間を割き、倉谷さんを撮りまくったという。

神戸市内でのロケは、17日から2月20日までの間、延べ26日にわたって行われる予定。三宮やHAT神戸、長田区内の他市内各所で撮影する。映画は、2011年にフランスのほか全世界で公開する予定。同年のカンヌ映画祭に出品を予定。

題名「メモリーズ・コーナー」は、阪神大震災から丁度15年の行事を取材するために神戸を訪れたフランス人女性記者(デボラ・フランソワ)が、通訳の男性(西島秀俊)とともに、復興住宅に住む被災者のフォトジャーナリスト(阿部寛)を訪問。この話のサビは内緒。

監督のオドレイ氏は女性。平成19年当時は映画学校の生徒であったが、すごい美人で、選りすぐりの映画学校でも優秀と言う事であった。映画のシナリオは自作。実は自身の生年月日が1月17日であるとの事。このロケハンを見た人は一報を願いたい。


別件であるが、先日1月9日の「大震災被災者とボランティアの集い」を撮影して行ったサンテレビから、1月17日夜19時〜21時、震災特集をするので、その中で1部放映するとの情報があった。
ローカル局ですがこれを見た方は、CVCを撮ってもらうと有難いです。

東條健司(とうじょう けんじ)
〒654-0142 神戸市須磨区友が丘7-154
T/F 078-795-6499 携帯090-8121-9709
E-メール ktojo@pearl.ocn.ne.jp


[1605] Re: 朝日新聞に載ってましたね。

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2010/01/12 00:07 [WebSite]
(HOST: 58-191-169-74.eonet.ne.jp)

一昨日(1/9)行われた「16年目の大震災被災者とボランティアのつどい」のもようは,「朝日」のほか「神戸新聞」でも掲載されています。いずれも地方紙面のみで,web版には掲載されていません。紙面の写真複写をとっていますので,後日あわせて報告したいと思います。

なお「朝日」紙面の写真で,私が変な姿勢で移っているのは,記事でも紹介されていた被災者の方のお名前を確認していたからです。訪問活動では「お話し伺い」ですが,ここでは「お名前伺い」でした。蛇足ながら付け加えると,ほかにも同じようにお名前を確認させていただいた方の一人は,私の母と同じ名前でした。

また,昨年11・12月,訪問活動に同行取材して作成された記事が,「読売」・「神戸」・「日経」・「毎日」に掲載されていて,こちらは紙面・web版ともに見られます。

被災者に耳傾け500回…神戸の「週末ボランティア」3万2500戸訪問
http://osaka.yomiuri.co.jp/volunteer/news/vo91226b.htm

震災被災者訪問500回に 神戸の市民団体
http://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/0002606522.shtml

被災者慰問3万軒――神戸の震災ボランティア活動、来月500回に
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news007028.html

共に生きる・阪神大震災15年:訪問ボランティア、来月500回
http://mainichi.jp/kansai/news/20100109ddf041040026000c.html

この約3年間,解体的再生を図って訪問活動に取り組んできた成果が,その内実への関心として,大きな扱いになったといえるでしょう。

「つどい」の場でも,被災者−住民の方からも,こうした訪問活動の資質向上への取り組みの成果を評価する声が次々と上がったことは,何よりありがたいものでした。同時にそれは,安易な参加者獲得へ走ることなどによって,再び低下することへの危機感や不安を,強くにじませたものでもありました。このことを深く受け止めたいと思います。

この「つどい」報告は,弊サイト・This is 神戸・週末ボランティアの「新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2」で,後ほど報告したいと思っています。

ということで,今年も被災地・被災者と週末ボランティアを温かく見守って,ときには叱咤激励してください。

このつどいの後,大阪へ移動しましたが,「1.17」頃には再び神戸に来るつもりです。

[1604] 朝日新聞に載ってましたね。

記入者:清重智子 最終更新日:2010/01/10 21:45
(HOST: 58-188-141-11.eonet.ne.jp)

久しぶりです、皆様、お元気ですか?主に、仮設住宅の訪問に参加していました。今日の、朝日新聞の朝刊に載ってましたね。もう、500回ですか・・・。そう言う、私も、昨日は、仕事で、復興住宅に、行きました。毎日通ってますから…、明日も、祝日も関係なしです。復興住宅も、10年くらいになりますよね。震災から、15年・・・、でも、特に、高齢者の方は、震災前の人生の方が、長いのですよね。この時期になると、自分の仕事の原点は、なにか?と、自分自身に、問いかけて、考えることが、多いです。答えなんて、みつからないけど・・、明日も、利用者さんの笑顔がいっぱい見れるよう、復興住宅へ、その他の利用者さんの家へいきます。週ボラの皆様も、風邪ひかないように、きをつけてくださいね。


[1603] 2009年の総括と2010年への展望

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/31 17:35 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

今年も残り少なくなりました。この1年の神戸・週末ボランティアを振り返ってみたいと思います。全文はこちらからご覧になれます。では皆さん,よいお年をお迎えください。

神戸・週末ボランティア再生プロジェクト2009
2009年のたたかい〜「ヴ・ナロード」
 訪問活動から
 震災被災者とボランティアの集い
 2009年週末ボランティア総会
(以上項目のみ。)

2009年の総括と2010年への展望

今2009年を代表する言葉をいくつか選んで,2009年の総括と,来2010年への展望をしていこう。まずは,「現代用語の基礎知識」選 2009年ユーキャン新語・流行語大賞のトップテンに選ばれたものから。

政権交代

政治関連の入賞候補が多かった中で,その代表的存在であり,年間大賞に選ばれたのが政権交代だった。もちろんこれは夏の衆議院総選挙の結果民主党・鳩山由紀夫政権が誕生したことをさしてのものだ。

これは,それに先だったアメリカ大統領選挙における,共和党から民主党への政権交代とともに,初の黒人大統領となったバラク・オバマ政権の誕生に際してさかんにいわれた「change」,「Yes, we can」があってのことだ。こちらの政権交代は,単なる2大政党間の政権交代ではなく,民主党内の大統領候補指名選挙(予備選挙)において,ヒラリー・クリントン女史との,どちらが勝ってもアメリカ史上初となるであろう熾烈な闘いをくぐり抜けてのものであったことが,いやがおうにも期待感を高め盛り上げたのであった。

今回の日本の政権交代は,アメリカ大統領選挙におけるそれに比べると,政権交代に伴う政治の「change」(これも候補に含まれた)が,必ずしも大きいとはいえないが,旧弊の終焉を望む世論の高まりはアメリカのそれに寄せられた以上のものがあったといわねばならない。

こうした大情況下で10月に行われた神戸市長選挙は,助役経験者が,国政では与野党に分かれるはずの各党の相乗り支持と,市役所ぐるみの支援を受け,共産党をも含めたオール与党体制で市会を翼賛化するという,戦後半世紀以上続いた構図が,政権交代にあと1歩のところまで迫られるに至った。結果として現職が再選されたものの,この現職は民主党に泣きついて公認・支援を求めて辛勝する一方,泡沫候補と思われたIT企業経営者に脅かされたことで,脅威を背に受けて新たな任期に入っていった。

かくして神戸市政は政権交代には至らなかったものの,「change」を求める市民の声を無視して,今後の政権運営も議会対策も困難となるところへ,至らしめるうえで一定の効果はあったといえよう。

私たち神戸・週末ボランティアでは,こうした趨勢に先立って,情況と自らを「change」する取り組みを行ってきたことを,今まさに誇りを持って,ここに明らかにできるのである。

新型インフルエンザ

梅雨に入る前の春のうちから新型インフルエンザをめぐってパニックのごとき情況がつくられてしまった。季節外れであるだけでなく,その感染力の強さが異常な対応を生み出していった。神戸においても県立高校における感染拡大が報じられたのみならず,1人の行員から感染者を出しただけの銀行や,駅構内コンビニが,過剰反応的に報じられたりしたことから,市民間の警戒心をいたずらに高め,街ゆく人々の姿が減るに至った時期もあった。

学校の休校は神戸のみならず各地に広がったが,神戸市内で新型インフルエンザのため休校にした学校では,夏休みを短縮して酷暑の中授業を行ったり,学校行事を中止するなどして,年度を通じての学事日程に影響を及ぼし続けている。その一方で大阪・心斎橋のそごう百貨店閉店セールや奈良・唐招提寺のうちわまきのように,予定通り行われ,予想通りの人出を得てつつがなく行われたものもあった。

こうした中,神戸・週末ボランティアにおいても,かかる時期の訪問活動を,来2010年はじめに訪問活動500回をむかえるべく,当初はこれと関係なく行うことも考えたが,万一の感染以上に,このかん培ってきた住民との信頼関係の構築を尊重する観点から,念のため2回にわたって中止した。その結果から考えれば,中止が過剰反応の一環をなすことでパニックや風評被害の拡大再生産をもたらすという問題点もあったが,信頼関係を尊重した行動決定をした点で,肯定的に総括していいだろう。

草食男子

草食男子とは「コラムニストの深澤真紀が2006年に命名。協調性が高く、家庭的で優しいが、恋愛やセックスには積極的でない、主に40歳前後までの若い世代の男性を指す」とのことで,それと対にして肉食女子(命名者自身もその一人である)なるものとともに語られるものだが,これとあわせて「肉食系」・「草食系」という言葉(これらも候補に含まれた)が各々「positive・aggressive/offensive」・「passive・defensive」の意味,もしくはイメージをもってして使われたところから,広まったものといえよう。

神戸・週末ボランティアの訪問活動−「お話し伺い」は,「passive」な,「草食系」なと言っていいスタンスで臨むものだ。ときとして「積極傾聴」という言葉が誤解をもたらすが,これは「passive」な姿勢を徹底するというように理解すべきものだ。これは,訪問活動を自らの享楽的趣味や政治的利害などのために利用し歪曲することを防止するために徹底したもので,正常化−清浄化の過程で必要なステップであった。

一方,マスコミ取材などは「positive」な,「肉食系」なと言っていい姿勢で行われる典型だ。ヴォランティアのスタンスとしての「passive」−「草食系」な姿勢は,「positive」−「肉食系」な姿勢で得られるものとは異なった視点と質の成果を得られることで,自らの存在意義としてきた。

同行取材受け入れの中で,何社ものマスコミ記者にヴォランティアならではの視点を提供する一方,彼らの取材手法を学んできた。今後はその経験を活かし,「passive」−「草食系」な姿勢を基本にしつつ,「positive」−「肉食系」な姿勢・方法をも適宜取り入れ,両者の特性を活かした手法を確立し,さらなる成果をもたらす,活動の資質向上に努めていきたい。

派遣切り

2008年秋のリーマンショックに端を発した世界同時不況は,日本においても急激な雇用情勢の悪化をもたらし,とりわけ派遣切りという言葉を生み出したほど派遣労働者の解雇は深刻な問題となった。派遣労働者に限らずいわゆる非正規労働者の解雇,新卒内定者にたいする内定切りまで生み出されたことは記憶に新しい。

私たち神戸・週末ボランティアの訪問活動のような社会実践を長期的に継続してゆくためには,ある程度時間が自由に使えることが望ましい。専業主婦や年金生活者,生活保護受給者,学生のほか,非正規雇用や,自営業・自由業といった職業の参加者が目立つことになる。またかかる趨勢のもとでは,会社員や公務員が余暇利用やインターンシップ,社会貢献といった形で参加してくれることも期待しにくい。こうした情勢は参加者獲得・維持継続の点で非常な困難をもたらしている。もっともヴォランティア活動どころではないというのが大勢であろう。

基本的にかかる情況にたいしては守勢に回らねばならない現状ではあるが,そういった中でも,かかるものにたいするたたかいを果敢に行ってきたことも忘れてはならない。既に述べたとおり,昨2008年,生活保護の運用を大義名分にして,神戸市当局者が民間団体を装って作成した「要望書」への賛同を求めるという事件が発生,これを通じて神戸・週末ボランティアに介入しようとする者も現れた。これが,市民の自主的・自発的活動を,市当局の利害のもとに糾合し,翼賛運動へと変質させていこうというものであることを喝破し,断乎としてこれを退けた。その過程でこの策動が,問題の本質から市民の耳目をそらし,問題の所在を隠蔽するものであることを明らかにしたのであった(弱者イジメの現状固定化策動を許さない!〜ここがおかしい!「生活保護の運用に関する要望書」参照)。

そのたたかいの意義と先見性は,後世の歴史家の評価を待つまでもなく,すでに明らかになっていると言っていいだろう。現下の情勢を,根底からつくりかえる力は残念ながら持ち得ない。しかしながら「人民のなかへ」深く入り,ひたすら耳を傾けるところから,問題をいち早く見いだし,それに立ち向かうことは可能であり,活動の資質を高めることで,参加する一人一人とグループとしての神戸・週末ボランティアの,かかる力量と見識を高めることができると言わねばならない。



財団法人日本漢字能力検定協会が,阪神淡路大震災が起こったのと同じ1995年以来,毎年発表している「今年の漢字」で,2009年の世相を反映する一文字として選ばれたのは「新」だ。

昨2008年より1日早く発表され,例年通り清水寺の森清範貫主が力強く揮毫(きごう)する姿が報じられた。米日両国の政権交代に伴う変革・刷新への期待とともにイチローの新記録などを象徴したとされる。応募者がこの文字に込めた願いとともに,同協会と,協力してきた貫主自身がまずもってその改革・刷新を行わねばならないという情況の中で,その成果を世に問うという側面もあったといえよう。

新たな情況に対応する中で,自らの中にある旧弊をただしていくことは,まさに神戸・週末ボランティアが2007年以来取り組んできた正常化−清浄化,さらにはこれに続く再生への取り組みに通じるものがあるといえる。

新しいものへの対応は不断に求められる。だが新しいものがすべてよいものであるとかすぐれたものであるというわけではない。時には有害・危険なものもある新型インフルエンザがその一例だ。中途半端なワクチン投与や治療を行えば,かえって耐性をもったウィルスを発生させ,手に追えなくなってしまう。

そのあたりの事情は,コンピューターウィルスとその対策ソフトも当てはまろう。新たなウィルスを予測・類推してスキャンする機能を持ったものが,今や一般的になっているが,なかには作動に必要なファイルをウィルスと勘違いして削除してしまったり,作動に多くのリソースを消耗するあまり,本来必要なOSやアプリケーションの作動に支障をきたすものも少なくない。軍事力や警察力に国家予算をつぎ込みすぎて民生をおろそかにする軍事独裁国家のようだ。新しいものへの対策が過剰になることでマイナスが生じる例だ。

こうしたものは,必要にして充分なもので,的確になされなければならない。それにはこれまでを虚心坦懐に顧みて,その中から教訓を引き出すことが必要だ。このあたりのあるべき方法を説いたものが,秋艸道人こと會津八一の『学規』だ。

一 ふかくこの生を愛すべし
一 かへりみて己を知るべし
一 学藝を以て性を養ふべし
一 日々新面目あるべし

これらを一体のものと見れば,新しいものへの対応がフィードバックによってなされるとともに,自他の尊厳を見いだすこと,学びの姿勢もあわせて説かれていることが解る。神戸・週末ボランティアの活動に携わるすべての皆さんが心がけ,共有することを呼びかけたい。これはもともと学生に向けて説かれたものであるが,あらゆる年代・立場の人に求めたい。それによって老・壮・青の三結合が可能になる。

また,「新約聖書」にはこういったことが説かれている。

新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。

以上のように,神戸・週末ボランティアは,被災者の生活再建と,被災地の復興のために役立ち,その中で学び,自他の尊厳を見いだす活動を続けるグループとしてふさわしいものとなるために解体的再編取り組むべく奮闘してきた。その中でかつてのよいところを取り戻すとともに,新たなグループへと生まれ変わり,まさに新生週末ボランティアとなりつつある。そしてこれからは,真に地域社会の創造に必要とされ,受け容れられ,ともに活動を担っていきたいと思われるようなグループをめざすことを,確認しておこう。

そして,これに取り組むべく,心ある,志ある皆さんに,ともに歩むことを呼びかけたい。


[1602] 16年目の大震災被災者とボランティアのつどい

記入者:東條健司 最終更新日:2009/12/29 18:44 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

訪問活動500回記念プレ企画

大震災被災者とボランティアのつどい

今年で16年目。すさまじい「1.17」の記念の日がやってきます。
この日は、大震災被災者とともに、ボランティアも襟を正して、深く考えなければなりません。あれから丸15年。一体どういう事が起こったのでしょう。


日時:2010年1月9日(土)午後2時半〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」(三宮から徒歩5分)12時半に、
前庭に集合の後、13時10分のバスで現地へ向います。

会場:神戸市中央区 HAT神戸・脇の浜住宅 8番館108号室
 倉谷志乃武さん宅(直接来られる方は、会場へおいでください。)

(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)


 週末ボランティアは、1995年の1月から活動を開始し、5月まで避難所の炊き出しのボランティアを続けてきましたが、被災者の方々が本当に求める活動を目指して、お話し伺いボランティアに方向を切り替えて更に活動を続けてまいりました。仮設住宅では、たくさんの相談とお話しを伺い、須磨区と西区の膨大な仮設住宅群を廻り、4年目と5年目には復興住宅に移り行く人々を見守りつつ、お話し伺いはついに震災復興住宅に移って行きました。
 
復興住宅訪問活動は、西区の西の端から東の井吹台まで、須磨区の全てと垂水区のベルデ名谷までと行った後、中央区・灘区のHAT神戸などを廻ってまいりました。現在はHAT神戸・脇の浜住宅の3回目を廻らせていただいています。
 
総数で訪問した戸数は32,556戸、訪問参加人数は16,056人、訪問回数は498回になります。(2009年12月26日まで)
 
今では月2回の訪問活動で、少ない参加人数にもかかわらず、必要性は増すばかりだと思います。訪問活動は、カンパなどに励まされて、頑張って継続しております。年に一度のつどいに、是非ご参加ください。


[1601] 訪問活動500回記念プレ企画 震災被災者とボランティアのつどい

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/29 21:54 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

12月26日の訪問活動のあと,東條代表と話し合い,恒例のつどいを,下記のように呼び掛けることにしました。

またこれに加えて,2009年の「希望の灯り」分灯にかわる,ささやかなキャンドルイベントと,活動をふり返る資料を,私の方で準備させていただきます。


訪問活動500回記念プレ企画
震災被災者とボランティアのつどい

今年で16年目。すさまじい「1.17」の記念の日がやってきます。
この日は、震災被災者とともに、ボランティアも襟を正して、深く考えなければなりません。あれから丸15年。一体どういう事が起こったのでしょう。

日時:2010年1月9日(土)午後2時半〜5時
集合場所・時間:「神戸市勤労会館」(三宮から徒歩5分) 午後12時半に、前庭に集合の後、13時10分のバスで現地に向います。

会場:神戸市中央区 HAT神戸・脇の浜住宅 8番館108号室 倉谷志之武さん宅
直接来られる方は、会場へおいでください。
(ご連絡は078-795-6499、ケイタイ090-81821-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

 週末ボランティアは、1995年の1月から活動を開始し、5月まで避難所の炊き出しのボランティアを続けてきましたが、被災者の方々が本当に求める活動を目指して、お話し伺いボランティアに方向を切り替えて更に活動を続けてまいりました。仮設住宅では、たくさんの相談とお話しを伺い、須磨区と西区の膨大な仮設住宅群を廻り、4年目と5年目には復興住宅に移り行く人々を見守りつつ、お話し伺いはついに震災復興住宅に移って行きました。
 復興住宅訪問活動は、西区の西の端から東の井吹台まで、須磨区の全てと垂水区のベルデ名谷までと行った後、中央区・灘区のHAT神戸などを廻ってまいりました。現在はHAT神戸・脇の浜住宅の3回目を廻らせていただいています。
 総数で訪問した戸数は32,556戸、訪問参加人数は16,056人、訪問回数は498回になります。(2009年12月26日まで)
 今では月2回の訪問活動で、少ない参加人数にもかかわらず、必要性は増すばかりだと思います。訪問活動は、カンパなどに励まされて、頑張って継続しております。年に一度のつどいに、是非ご参加ください。 全文を読む


[1600] 第498(新生56)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/28 23:45 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第56回目となった12月26日の訪問活動は,年末の多忙でお話し伺いできないところも若干ありましたが,2新聞社の取材が入るなか,師走としては暖かな中で行われました。例年のことながら,この時期になると「1.17」が近づくことから,取材が目立ちますが,今回は,来2010年2月に訪問活動通算500回をむかえることによるのでしょう。それはともかく,内実と資質において評価されて伝えられることを願いたいものです。

復興住宅現地に向かう前に,勤労会館の一室で訪問前レクチャーを行い,訪問にあたっての意思統一を図っていますが,その場に,グループとしてとは関係のない“活動”で,一人の人物が現れました。先の「確認調査報告」に記した件は,この者によるものであったため,レクチャーや訪問活動準備に支障がないよう,室外にて,口頭で注意しました。

「お話し伺い」から出発して,支援ニーズにどうこたえるかも,大事な課題です。仮設住宅訪問活動をしていたときは,支援ニーズに関する情報をグループで共有し,それをもとに対応できるボランティアが個別に対応できるようにしていました。しかしながら,現在の情況にあっては,伺った支援ニーズをグループで共有するのはもちろんのことですが,対応についても,グループとして行っていく必要があります。そうしないと,グループの内外を問わず,悪用される恐れもあります。

もしそうなれば,お力になれないことが残念であるのみならず,これまで築いてきた信用も信頼関係も失われてしまいます。

今2009年最後となった訪問活動で伺ったところを,簡単に紹介しておきます。全文を読む


[1599] 2010年1月9日集会私案

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/25 17:32 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

訪問活動500回記念プレ企画
震災被災者とボランティアのつどい2010

 阪神淡路大震災が発生した1995年,仮設住宅への訪問活動を開始し,1999年から復興住宅への訪問活動を続けてきた,神戸・週末ボランティアは,2010年2月13日の訪問活動で通算500回をむかえることになりました。
 平均数週間の避難所,最大4年の仮設住宅での生活に続いて,復興住宅での生活が早くも10年を越えるようになりました。これは,震災後から現在までの2/3〜3/4の期間を占めるものです。
 現在の被災者−復興住宅住民のナマの声を聞き,ボランティアとともに語り合いながら,10年〜干支一回りとなった,復興住宅生活やそれをめぐる情勢をたどり,これまでの神戸・週末ボランティアの活動をふり返りながら,15年目の被災地からの問題提起を,ともにつくり出していきたいと思います。
 2010年1月9日


集会の準備と進行にあたっては,極力簡略をもってするとともに,活動の内実を示せる工夫をしたいと思います。

・スケジュールは,黙祷・乾杯に続き,趣旨説明と資料紹介のあとフリートーキング。
・日程の都合上,昨年のように「希望の灯り」分灯はできないので,必要であれば,これと関係なくキャンドルを持参。

配布資料の構成
・目次・趣旨説明・スケジュール(上記)
・新聞記事紹介(09年1月〜)
・初参加者の感想(09年1月〜)
・神戸・週末ボランティアのあゆみ
  ( http://kobe.cool.ne.jp/weekend-volunteer/activity/hist.html 掲載分に写真追加)
・2009年訪問活動概略

この資料は,会場で参加者に配布するほか,集会後随時,初参加者及び外部に配布して,ひろくグループの活動の現状を知ってもらうべく活用したいと思います。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。
あわせて,この1年間の総括神戸・週末ボランティア再生プロジェクト2009,仮設住宅訪問活動の頃からの足跡をまとめた神戸・週末ボランティアのあゆみを,掲載しました。


[1598] 12/12初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2009/12/23 09:15
(HOST: p8140-ipbfp4202osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

☆藤原さおりさん:まず何より、初対面の方とお話しすることがどれだけ難しいのかを実感しました。質問が難しいと感じる理由のひとつに、自分の震災への知識が無さすぎることが挙げられると思います。これからは自分でも勉強し、どんな風にどんなお話を伺うのかをしっかり考えていこうと思います。お聴きした中で一番心に残っているのは、下敷きになった人を皆が持ち寄れるものを持ち寄って助けようとしたというお話です。震災を経験していない人、また経験しても記憶にない人達が、実際に体験した方のお話を聴くことが、とても大切なのではないかと思いました。


[1595] 第497(新生55)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/21 23:46 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第55回目となった12月12日の訪問活動は,恒例の神戸ルミナリエに大勢の人が神戸三宮〜元町にやってくる中,師走をむかえて多忙となった常連参加者が何人か抜けてしまった一方,就職活動で多忙になりつつある3回生の大学生が初参加してくれました。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。
あわせて,この1年間の総括神戸・週末ボランティア再生プロジェクト2009,仮設住宅訪問活動の頃からの足跡をまとめた神戸・週末ボランティアのあゆみを,掲載しました。


[1594] 確認調査報告 (続・【警告】Re: 第497回、傾聴ボランティアの募集【注意】)

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/21 23:44 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

先にここで指摘した件について,確認調査に行ってきました。

訪問活動があった翌日,(12/13)午後3時頃,前々回(11/14)の訪問活動の際,ある参加者が住民の方が自ら記入した「支援シート」を回収し,その後,メモを投函してきたなど,グループとは別に一人で対応してきたと称する件について,現地お宅を訪問し,ご本人とお会いすることができました。

記入された内容及び,件の参加者が「報告」しているものついて,確認が取れました。

現在も他所でほとんどフルタイムのように仕事をされていて多忙で,土曜日も仕事が入っていて,いつも不在だったとのことでした。訪問時もまだお風呂だったようでした。

実際にお会いして確認をとったうえではなく,メモや電話だけのやりとりでは,本当にして欲しいこと,しなければならないことなどがきっちりと伝わらず,理解されないままになってしまっていたことが,よく解りました。したがって件の参加者が渡したとするメモについても,当を得ていなかったことも判りました。

直接お会いできないまま,一人のメンバーに任せきりにして,グループとして十分な対応ができず,お力になれなかったことを残念に申し訳なく思う旨を申し上げておきました。

これを同日中に東條代表に報告,これをもって本件は終わりとすることになりました。お力になれず,お役に立てなかったことは残念ですが,いい加減な判断による勝手な行動で,かき回してきただけの対応をしてしまった以上,仕方ありません。

今後は,
・訪問活動は必ず複数名で行動し,一人で行動しない。
・相談・協力といった行動は,必ず本人と面談の上,事実確認やニーズ確認をしてから,グループとして対応する。
などといった内部チェック体制を,しっかりとる必要を痛感しました。

12月12日の訪問活動には,就職活動が忙しくなる中,初参加の学生が来てくれました。これはありがたいことですが,就職活動が長期化する今の学生は,それだけ企業や組織を見ろ目が鋭く肥えています。そうした人から,きっちりとしたグループであると見られるよう,襟を正し,気をつけていきたいものです。  全文を読む


[1593] 今年最後の、傾聴ボランティアです

記入者:東條健司 最終更新日:2009/12/18 11:36 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

今年も終わりになりました。今年最後の被災者宅への訪問です。大勢の訪問で阪神・淡路大震災の被災者の現状を聞きとり、元気を付けて、勇気を貰いましょう。

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第498回、傾聴ボランティアの募集
日時:2009年12月26日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
305室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

今回の参加者は4名でした。

・70代女性、夫婦2人暮らし。須磨区で全壊。奥さんと1時間ほど玄関でお話しを聞く。尼崎市の市場で総菜屋をしていたが、震災の前年に尼崎から須磨区に引っ越し、母親と同居していた。震災の時は、尼崎のまだ荷物の残る部屋にいたが、このアパートも全壊。自分の部屋はかろうじてドアが開いたが、他の部屋はひどくつぶれていた。その後、尼崎の知り合いの家にお世話になり、仮設住宅には入居していない。ここの住宅も10年前の4月に入居。近所に母親と同居する妹がいたから。仮設に住んでいないので一般枠での募集で入居。ここは神戸市が公団から20
年借り上げの住宅で10年後には出ることになるらしい。私の部屋は3LDKで公団。ワンフロアに一部屋だけ、この部屋の上下に公団の部屋がある。公団なので家賃が10万円。今は夫婦の国民年金とそれぞれのパートの収入があるからやっていけるが、これから先が不安。とても10万円の家賃は払えない。市の住宅の担当の人とも相談して公営住宅に応募しているが3回外れた。自分は大阪方面のホテルの清掃の仕事を仕事をしているので、6時ごろの電車に乗る。ここの棟は清掃のプロが各階に一人はいるから清掃の人も手を抜けず、いつも廊下やエレベーターの中はきれいと言われた。だから、どうしても交通の便のいい住宅しか住めず、郊外の住宅は倍率が低
いが住めない。便利のいい住宅は倍率が高くなる。私みたいに70歳になっても働き、自立できる高齢世帯の応援を行政もすべきだ。働いている高齢者の支援をもっとして欲しい。家は全壊だが、仮設に入っていないので被災者枠での入居ができない。この面でも何とかしてもらいたい。
自分の希望はここの近所の住宅に入居できること。妹夫婦もおり、仕事にもいける。何とかして欲しい。夫婦とも長田区の出身。ともにケミカルシューズの仕事をしていた。私は縫い子。主人はゴムを伸ばすロール工。知り合いの紹介で尼崎の市場で店を開くことになった。30年ほど店をしていた。今、主人もアルバイトをしている。お互い、働ける間は働こうと思っている。気さくで元気のいい奥さんだった。商売でも立ちっぱなしのお仕事で、今でも足腰は丈夫そう。1時間ほどの立ち話でも平気なようであった。                   以上


[1592] 【警告】Re: 第497回、傾聴ボランティアの募集【注意】

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/12/08 16:54 [WebSite]
(HOST: softbank126101197238.bbtec.net)

今週末の訪問活動の案内が出ています。神戸ではちょうどルミナリエの期間にあたり,大勢の人が既にやってきていることでしょう。

募集・案内とあわせて,訪問活動の概略が掲載されています。これは11月14日のものですが,その最後に掲載されているものについて一言。

・70代女性、本人の直筆(達筆なしっかりとした字で書かれていた。)灘区で全壊。(ご健康状態は)今のところ良い (震災後ご苦労されたことは)一人暮らしなので働かないと暮らせない。 (今一番ご心配なことは)心配なことは、数年先の生活費 (国や県や市へ望むことは)平成22年4月から国民保険が1割から2割になるのは困る。バス、地下鉄、ライナーなど以前の様に無料にして欲しい。その他、JR、阪神、阪急電車も七〇歳以上は半額くらいにして欲しい。(その他何でも)200*年*月*日(*)から*月**日(*)まで一ヶ月、**********で和菓子とグリーンティーを販売する仕事についたのですが、1ヶ月で店を閉められて、私が働いた***円×***時間の給料******円が支払ってもらえず、相手の会社には連絡が取れず、色々手をつくしましたが、結局泣き寝入りです。私にとって10万は大きいのですが、どうしようもありません。何か良いアドバイスはありますでしょうか?  との書き込み。  (当たる事にした。) 

具体的な数字,企業名などは,不特定多数が見るところで掲載することは,プライバシーの暴露につながるもので適切ではありません。どうしても原文に近い形で掲載したければ,少なくとも件の部分は,このように伏せるべきです。弁護士などが相談を受けたり受任したりすれば,守秘義務の範囲に入るものです。理解を妨げない最小限の表記にするべきです。

また末尾に「(当たる事にした。)」とありますが,これは,このもとになった「支援シート」を見つけてきたとする一人の参加者が,グループとしての神戸・週末ボランティアとは別に,対応したい旨の申し出があったのであって,本件に関して,グループとしての神戸・週末ボランティアが,直接当事者に会って,事実確認の上,対応しているという意味ではありません。

当該箇所の修正・削除を求めるべきところですが,その前に,何がどう問題なのかを,読者諸賢に認識していただきたいと思います。

私たちの訪問活動,「お話し伺い」は,情況から学び,被災地の復興,被災者の生活再建に役立つために行うもので,「お話し伺い」をさせていただいた全ての方に尊厳を見いだすことが求められます。

学び,役立つとともに,尊厳を見いだすことを,今一度確認しましょう。全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。
あわせて,この1年間の総括神戸・週末ボランティア再生プロジェクト2009,仮設住宅訪問活動の頃からの足跡をまとめた神戸・週末ボランティアのあゆみを,現在制作中です。


[1591] 第497回、傾聴ボランティアの募集

記入者:東條健司 最終更新日:2009/12/07 22:18 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第497回、傾聴ボランティアの募集
日時:2009年12月12日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
701室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

今回の参加者は4名でした。

・80代女性,夫婦2人暮らし。灘区で全壊。避難所はあまり大勢ではなく過ごしやすかった。六甲アイランドの仮設住宅を経てこの復興住宅に。補聴器を手にしながら,介護で疲れた身体を休める時間を割いてお話し伺いに応じてくださった。被災時1階で寝ていたご主人は,被災当日の23時頃になってやっと救出され,今年1月に倒れて7ヶ月入院,現在は要介護4の車いす生活だが耳はよく,お互い助け合って生活しているとのこと。

・70代女性,一人暮らし。灘区で全壊。被災後大阪へ避難。ずっと暮らした神戸に戻ろうとこの復興住宅へ。若いときは一人で生きていくのに必死だった。5年前まで働いていた。今は腰痛を抱える以外は健康とのこと。

・70代女性、1人暮らし。東灘区で全壊。六甲の仮設にお父さん(当時86歳)とご主人の三人で入居。お父さんはすぐに仮設で亡くなる。お母さんは平成6年に亡くなっている。12年前にHAT神戸に引っ越す。ここに入居して3ヶ月でご主人が心臓麻痺で亡くなる。突然、亡くなり病院への搬送やらいろいろと大変だった。娘さんがやってくれたそうだ。今は一人で寂しい、と言われていた。娘さんが近くの市に住んでいる。小学6年の娘、高校の息子の四人暮らし。できたら小学生の孫と中学の三年間、ここで一緒に暮らしたい。サンパルビル九階の住宅課に行ったが駄目だった。どうにかならないのか。一人暮らしだから孫と暮らすと助かる。孫もここにきたいと言っている。小学生だが何でもできる。一緒に暮らせたらいいのだが、としんみりと言われた。体はヘルニアで、できるだけ歩くようにしている。それとぜんそく。ぜんそくには海風がいいので近所を歩くようにしているとのこと。お孫さんとの同居で相談を受ける。

・70代女性、本人の直筆(達筆なしっかりとした字で書かれていた。)灘区で全壊。 覆慣鮃状態は)今のところ良い ◆平椋匕紊感賚されたことは)一人暮らしなので働かないと暮らせない。 (今一番ご心配なことは)心配なことは、数年先の生活費 ぁ聞颪筝や市へ望むことは)平成22年4月から国民保険が1割から2割になるのは困る。バス、地下鉄、ライナーなど以前の様に無料にして欲しい。その他、JR、阪神、阪急電車も七〇歳以上は半額くらいに
して欲しい。ァ覆修梁床燭任癲烹横娃娃闇9月4日(木)から9月30日(火)まで一ヶ月、なぎさの湯2Fロビーで和菓子とグリーンティーを販売する仕事についたのですが、1ヶ月で店を閉められて、私が働いた850円×118・5時間の給料10万0725円が支払ってもらえず、相手の会社には連絡が取れず、色々手をつくしましたが、結局泣き寝入りです。私にとって10万は大きいのですが、どうしようもありません。何か良いアドバイスはありますでしょうか?  との書き込み。  (当たる事にした。)           以上


[1590] 第496回傾聴ボランティア

記入者:東條健司 最終更新日:2009/11/22 23:07 [E-mail]
(HOST: p1062-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生・社会人の参加を望みます。経験してみませんか?

第496回、傾聴ボランティアの募集

日時:2009年11月28日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
304室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499、ケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

今回の参加者は6名でした。

・70代後半男性,一人暮らし。灘区で全壊。仮設住宅は世話をしていたので楽しかったが、ほとんど友人はなくなり,もう行き来はない。今の楽しみはベランダで雀にエサをやることぐらい。娘は月に一回くらい来てくれる。妻がレシートを貯めていてくれましたので、ときどき1時金みたいに振り込まれます。月1回お巡りさんがチラシ配りしてくれる。週2回のヘルパーさんも3回にしてもらう。ご飯だけは自分でたいている。「3年間で2度脱水状態で救急搬送されたので,誰にも迷惑をかけずに人生を終えたいと思う」,「膝が弱って来て,銀行・郵便局が無くなったので,ATMまで行くのが大変」など,手が震える中を努力して支援シートに自ら記入して訪問を心待ちにしてくださった。頑張った人が、元気でいてほしいと、必死で願った65分でした。

・80代夫婦,東灘区で被災。2階が1階を押しつぶすように家が倒壊して,娘さんと,奥さんのお母さんを亡くしたが,23日まで火葬もしてもらえなかった。一人娘を亡くした事は何よりも悔しい。今でも娘さんの同僚が1月17日にお参りに来てくれる。時には甥の家族が来てくれる。親戚の家に約2カ月世話になりその後仮設に4年近く。もう残っている人もまばらだった。ご主人は肝臓がわるくパーキンソンもすこし入って来て、時々足が勝手に動くんですよ、と笑う。何よりの救いは奥様が若々しく、兄弟いとこの助けがあればこそと。公団借り上げの市営住宅であるこの復興住宅の家賃が,今後どこまで値上がりするかが一番心配とも。45分の上がり込みの終わりに、お線香を上げさせて頂きました。

以上


[1589] 第495(新生53)回 訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/11/17 16:52 [WebSite]
(HOST: 58-188-145-233.eonet.ne.jp)

新生週末ボランティア第53回目となった11月14日の訪問活動は,昨年より早く紅葉が見頃となる中,人生と復興住宅訪問活動のベテランである常連メンバーを中心に行いました。私自身も少し間が空き,前回の訪問活動への参加が,初秋であったところから,季節の移り変わりを感じさせるものがありました。そうした中でいくつかの充実したお話し伺いを実現しました。

またあわせて,来2010年の「1.17」に向けての取り組みについても,意見を交換しました。 全文を読む

(後略)

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。ご覧ください。


[1588] 第495回傾聴ボランティア募集

記入者:東條健司 最終更新日:2009/11/07 12:28 [E-mail]
(HOST: p2065-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

特に大学生等の参加を望みます。経験して見ませんか?

第495回、傾聴ボランティアの募集

日時:2009年11月14日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
305室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

        (ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

前回の訪問は、参加者4名でした。

・70代、女性、東灘で全壊、青木の近くの老人ホームのような所で避難していた。その後六甲アイランドの仮設住宅に3年近くいた。ふれあいセンターにはあまり行かなかったが、隣の人とよく話をした。仮設住宅では市役所の人もお隣の皆さんも私達に親切にしてくださった。しかし、中には意地の悪いボランティアさんもいた。貴方達のような方は珍しく嬉しいとの言葉をいただいた。この住宅も市役所の担当者の人のおかげで当たったと思います。部屋も広くて気に入っている。主人は西宮の日本盛りの近くの生まれ、自分も若い頃は日本盛りに勤めていた。主人は昨年12月に胸の病気で亡くなり寂しい日が続いた。足が弱っているため3年前から自分は電動自転車で買い物にも行く、今は少し明るく生活している。火曜日と木曜日は必ず、神戸港湾医療保険協会へ行きリハビリを続けている。おかげで足腰以外は元気で電動自転車での散歩も続けている。4年前に心臓の手術をした。ヘルパーさんは、週に2回来てくれている。近所との付き合いはあまりない、仮設住宅と違って一度ドアを閉めたら声も掛け合わない。買い物に行けて、まあ元気なことが嬉しい。絆が欲しい時もあるが子供はいないけど、あっても大変な人もいるからとサバサバとして居られた。今後、震災時に何に注意すればよいかの問いに、今後は非常時でも心を落ち着けて慌てないことが一番大切と話された。話の終わりには、われわれボランティアにも気を使っておられるようでした。部屋で50分のお話伺い。

・60代、女性、灘区全壊、震災時は3人暮らし、税務署近くのアパートが全壊、2階でしたが全員無事に逃げられた。近くの避難所で4ヶ月、比較的、年が若かったので11年まで西区の仮設住宅にいた。何回目かの抽選でこの復興住宅が当たった。今年2月ご主人に病気が見つかり病院に入院、退院を繰り返している。奥様は60代、ご主人は70代。ご主人は体が弱く10年近く介護していて、辛そうでした。植木が趣味で玄関の前はきれいに鉢が並んで植木が生き生きと輝いていた。娘さんには女の子があり、孫は可愛いいですね、と潤んだ瞳をみせておられた。
奥さんはカラオケが趣味でしたがとてもつらく5月からやめてしまいましたとか。主人は闘病中、で頭の毛も無くなっている、それでも、電動スクーターで散歩に出かける。それが唯一の楽しみと話された。近所のことはドアを閉めると中の様子がわからないので、この近くでも孤独死を知ったのは、うじ虫が隣や下に落ち始めて分かったのだそうです。今後、震災時に気をつけることは、防災靴、懐中電灯と避難場所は心得ておくことなどと話してくださった。ボランティアの1人と仮設が同じと判り、しばらくは話の弾んだ事でした。              

・60代後半、女性、東灘で全壊、六甲の仮設住宅に母親と2人暮らしでしたが、自分が病気のため1年も経たない間に自分が母を見られないため、母親を老人ホームに入れているとのことでした。今、困っているのは金銭面のことであるが土地が少しあるので、福祉も受けられないと嘆いておられた。隣の人が先般、「助けてくれー」とベランダから言われて110番を呼んで上げた事があるが、そのとき隣の部屋がゴミだらけで、ゴキブリもいたことが今も気になっている。ここは自治会もないのでどこへ言えばよいか困っているといわれた。傾聴ボランティアとしては何処まで踏み込めるのか課題だと思いました。力強い口調で相談ごとなどを語られた。

以上


[1587] 494回訪問

記入者:東條健司 最終更新日:2009/10/19 22:54 [E-mail]
(HOST: p2065-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ の 訪 問 は ―

秋になり、復興住宅内も秋たわわ。15年目のボランティアも、秋たわわです。

15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第494回、被災者宅訪問支援
日時:2009年10月24日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
305室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

前回の訪問は、参加者4名でした。

・30代、男性、1人暮らし。灘区で被災、全壊。家の下敷きになり体が挟まれて身動きできなかった。まもなく火災になり木などが緩み身動き出来るようになったので文字どうり、火事場の力を出してようやく逃げることが出来た。死を感じた。今もはっきりとその時のことを覚えている。はさまれて閉じ込められた時間は、何時間くらいだったかは動揺していたので、はっきりとは覚えていないが1時間程度だと思うが長い、長い時間に思われようでした。15年たった現在も顔と手と足にやけどの跡が残っていると話され、足をこすって見せておられたのが印象的でした。震災直後は医者もないため、後で医者に行った。15年前のことは今も心に残っているとの事でした。震災による心の傷はいまも癒されてはいないようです。火事場の力を出して逃げた後は実家が気になり実家へ駆けつけた、実家も半壊ではあったが大変だった。母の店は全壊で何もない状態であった。母上の気持ちを思われて話されている表情は真剣でしたがその後は明るくされて、我々ボランティアもホッとさせられました。

・70代、女性、灘区で全壊・全焼。近所の人に引っ張りあげられて助かった。今は息子さんと二人で住んでいる。九州の出身ですので明るくいきていますとの事でした。ここには2年前に来た。まだ隣、近所のこともはっきりとは解っていないと話された。前向きな方でした。

・玄関口にてお話し伺い。元気にしています。復興住宅ができてすぐから住んでいます。それより前は、話したくないです。思い出したくないです。

・30代、玄関口にてお話し伺い。38歳、兵庫で被災。近くの公民館に避難。西区の仮設住宅に入居。ここには入居11年になる。

・10代、5人の家族と暮らす。震災当時は3才。3階建ての建物の3階に住んでいた。家から出てすぐに3階建ての建物がつぶれたのを覚えている。近所の仲のよかった友達が地震で亡くなっていた。友達が亡くなっていることを人づてに小学生高学年くらいになって知った。震災後は避難所に入った。避難所外に遊びに行ったあとは、迷子になることが多かった。仮設住宅は北区。我々よりずっと背の大きい子だったが、いろいろと話をきかせてくれた。

以上


[1586] 第493回 週ボラ 被災者宅訪問

記入者:東條健司 最終更新日:2009/10/02 12:46 [E-mail]
(HOST: p6133-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ の 訪 問 は ―

秋になり、復興住宅内も秋たわわ。15年目のボランティアも、秋たわわです。

15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第493回、被災者宅訪問支援
日時:2009年10月10日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
306室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

前回の訪問は、参加者4名でした。

・80代、女性。1人暮らし。長田区で5〜6軒の1階で長屋全壊。2階が1階に倒壊した。避難所に1年。その後、西区の仮設住宅に2~3年居住。仮設住宅の感想を伺うと、「こわかった。」(なぜとお伺いすると)「人がいないので。」バスがないので不便とも。兄妹は4人。お子さんは4人。現在は、孫が2人、ひ孫が3人。一番下の息子さんとは、電話で連絡を取るとのこと。兄とは別に暮らしていた。4年前に亡くなる。生前は人工透析をあちこちの病院で受けていた。兄のために購入した車椅子を、大事そうに今でもお部屋に保管されてるのを見せていただいた。旦那様は33年前に亡くされたそうです。普段は、ケヤキ広場に散歩に出るが、お伺い当日はあいにくの雨。雨の場合は、玄関表の廊下を運動のため、往復されているそうです。また、住宅入り口エントランスでくつろぐことも。一週間に1回お手伝いさん(ヘルパーさん?)に来ていただいているそうで、部屋はかなりきれいにしていられた。いざという時の為に、役員さんに鍵を預けているとのこと。防犯のため、息子の大きな靴を玄関口に置かれておりました。1時間近く、重苦しい内容を明るく気持ちよく話されていたのが印象的でした。

・30代、女性。中央区で被災、半壊。被災後もずっとそこで暮らした。結婚して子供が出来たため、抽選で応募したところ1回であたりこちらに引っ越した。家族3人仲良く暮らしている。
以上


[1585] 週ボラ、第492回目のご案内

記入者:東條健司 最終更新日:2009/09/15 22:27 [E-mail]
(HOST: p5137-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ の 訪 問 は ―

秋になり、復興住宅内も秋たわわ。15年目のボランティアも、秋たわわです。

15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第492回、被災者宅訪問支援
日時:2009年9月26日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
306室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

前回の訪問は新人1人を入れて、参加者7名でした。

・70代女性,一人暮らし,中央区で全壊。震災時は入院中のお父様に加え,地震のショックで切迫流産しかけた娘さんに付きっきりとなり,ついでお母様も入院し,避難生活の中で両親を亡くした。避難所にいなかったため,さまざまな手続きについての情報が得られず,義援金はもらえず,仮設住宅にも入居できず,高い家賃の借家に。5年ほど前にもお話し伺いをさせていただいており,そのときの東條代表をよく覚えている。その後この復興住宅の情況も変わってきて,最近では隣近所の人とはあいさつをする程度で,それ以上は接しないようにしている。

・50代女性,中央区で全壊。震災時小5だった娘さんも今25歳。避難所になった小学校は,翌年度まで統廃合されず,友達とも卒業まで一緒に過ごせた。ポートアイランドの仮設住宅からもとの自宅近くの中学に通ったが,この復興住宅入居後は近くの中学校に。仮設住宅でのボランティアと最近まで交流があり,私たちの訪問にも「ボランティア,懐かしい」と喜んでくれた。

・60代女性、中央区で全壊。震災当時は、近くの公園のテントの下で親子8人(男の子4人、女の子3人)が生活してきた。水がなく、トイレも不便で大変だった。しかし、週に何回か車のタンクローリから水をバケツの1杯を頂き、嬉しかったことを昨日のように思い出します。助かりました。風呂は1週間に1回と決められていた。風呂のありがたさも子供達は体験したので今は水も大切に使っているようです。当時、風呂で洗濯をしている人があり、自分が風呂と水は、今一番大切なのでここでは洗濯をしないように勇気を持って注意した。みんなの気持ちも同じだったと思う。自分だけでなく、人の事を思う気持ちが大切と話された。家は母子家庭のため、収入も少なく、援助も受けていたが食べる物はなく、生活は大変だった。パンの配給があったが毎日のように、アンパンだけでは栄養が偏り、病気がちの自分は精神的にも落ち込んでいたが、子供たちの為に頑張って来れた、と思う。震災時は、これからは特に食事、食べ物をバランス良く与えられるように準備することが大切と思います。自分は震災当時、40代であった。今は、孫に囲まれて生活している。子供たちもみんな割りと近くに家を持ち生活しているので普通に幸せかもしれません。しかし、これからは自分の健康が気になるが、声は大きく、いつも明るいので、楽しく生きて行きたいと軽く話しておられたのが印象的でした。

・80代、灘区で被災。家は半壊と思っていたが震災直後は何かと忙しく余裕がなかったため届出が遅くなり、立会いも出来ず、一部損壊となった。支援金は何もいただいていない。同じ程度で半壊になった人もあり、支援金をもらったと聞いて、羨ましく思ったこともあった。80代の母は今日、透析を受けるために入院中で、週に3回の透析が必要とのこと、もっと以前からしていれば良かったかもしれない。何でも早め、早めがよいと思うと娘さんは話された。名谷の市営住宅からこの復興住宅へ来た。当選してよかった。ここは割りと三宮にも近いので買い物にも便利でよい所です。母は頑固で食事の味付けも別で、たまに喧嘩ももしますが、母のためにも頑張りたいと、にこやかに話された。親おもいの娘さん(50代)でした。

以上


[1584] 第491回 週末ボランティア

記入者:東條健司 最終更新日:2009/09/06 21:24 [E-mail]
(HOST: p1083-ipngn100403kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

 ― つ ぎ の 訪 問 は ―
      
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内

「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第491回、被災者宅訪問支援

日時:2009年9月12日(土)午後1時〜5時

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に、305室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)


前回の訪問は参加者4名でした。

以上


[1583] 第490(新生第48)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/09/04 00:32 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第48回目となった8月22日の訪問活動は,仕事や余暇の合間を縫って参加した4名によって行われました。私たちが訪問活動を行っている土曜日の午後には,住民有志でカラオケの会が行われていて,そちらに参加している方も少なくないようですが,普段は在宅されていない方も含め,さまざまな方のお話しを伺うことができました。

訪問活動後,伺った内容を集約していく中で,一部の参加者が,お話ししてくださった内容を二の次にして,印象や雰囲気といった,自分自身が受けた感想の類を,主観的・感覚的次元でとらえ,それを専ら主としているような姿勢で「お話し伺い」に臨んでいたことが判りました。

正常化ー清浄化の取り組みを始める以前のような情況であれば,そのような活動の質でも許されたかも知れませんが,再生への過程を経つつある現下の神戸・週末ボランティアにおいては,いかがなものでしょうか?

言うまでもなく,復興住宅訪問活動−「お話し伺い」は,被災者支援の出発点であり,虚心坦懐に耳を傾けることが第一に要求されます。感覚や主観はバイアスとなり,なにがしらの目的のために利用しようとする姿勢・立場と同様,その妨げとなります。これから参加する一人一人が臨むべき基本的姿勢として,心がけるよう注意したいものです。 全文を読む

(後略)

開設1周年を迎える新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。ご覧ください。


[1582] 第490回 被災者宅訪問支援

記入者:東條健司 最終更新日:2009/08/16 21:22 [E-mail]
(HOST: p9162-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

 ― つ ぎ の 訪 問 は ―
      
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第490回、被災者宅訪問支援
日時:2009年8月22日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に
304室にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)


前回の訪問は参加者3名でした。

・70代女性。夫婦2人暮らし,東灘区で全壊。ご主人は10tトラックの運転手で,70歳で引退するまで50年間無事故無違反で通し,奥さんも60歳で定年になった後ご主人の仕事を手伝うようになり,夫婦でトラックに乗り込んで仕事をしていた。震災も神戸から大阪方面に向かう途中で遭遇,パンクしたような音がして,橋が落ちているのが見えた。直接危ない目に遭わなかったが,車の中で震災のニュースを聞いていっそう怖くなった。2ヶ月間トラックで生活,着替えも洗濯もできなかった。1週間ほどすると仕事が入り,移動先でやっと入浴できた。仮設住宅では隣近所のつきあいがあったが,この復興住宅に来てからはない。ご主人はお元気そうだが,奥さんは6年前に脳梗塞を患い半身不随に。できることは何でもするようにしている。

・70代男性。夫婦2人暮らし,灘区で全壊。公園でテント生活をしていたとき,勤め先からコンテナハウスをもってきたり,トイレをつくったりして喜ばれた。ポートアイランドの仮設住宅を経てこの復興住宅に入る中で,「防災のことは人ごとではない」と,消防署での講習に参加して防災意識を高めたり,行政と渡り合ったりするなど,一生懸命に取り組んできた。少年時代から相撲が得意で屈強な体格だが,仮設住宅在住のとき腰を痛め,手術しても治りそうにないほどであったが,中国医学の治療を受けて快復した。治療費に健康保険が適用されなかったが,義捐金でまかなうことができて助かった。健康管理の大切さを痛感している。

・20代女性。中央区で被災。被災当時,中学入学を控えた小学6年生だったが,いまは3人の女の子の母親になっている。
   以上


[1581] 第489回 被災者宅訪問支援

記入者:東條健司 最終更新日:2009/08/03 09:59 [E-mail]
(HOST: p9162-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

  ― つ ぎ の 訪 問 は ―
      
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第489回、被災者宅訪問支援

日時:2009年8月8日(土)午後1時〜5時

集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に305室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)


前回の訪問は新人1名の参加者3名でした。


・60代女性,2人暮らし。灘区で被災。母が避難所になじめず,自宅前の空家に入居。この復興住宅には竣工当初から。兄が7年前に亡くなってから母は認知症になり現在入院中。寂しがらないように犬を飼っている。

・70代女性,2人暮らし。中央区で一部損壊。修繕中は近くの小学校に半年避難したが,その市営住宅の解体により,5年前この復興住宅へ。訪問時は出かける準備をしていた。西区に住んでいる息子さんがむかえに来て,お嫁さんがつくった料理を戴くとのこと。圧迫骨折のため腰や足を痛めて入院し,一時は車いす生活になったが,今では歩行器を使用して歩けるほどに。ご主人も5〜6回入院した。震災のことは忘れた。十何年も経ったら思い出になることもあるが,逃げたことなどイヤなことは忘れた。

・30代男性。中央区で一部損壊。一般入居の抽選を受付るようになって間もなくである2年前に,この復興住宅に。被災当時は高校3年生で,通っていた学校は休校になり,進路のことで走り回って大変だった。


以上



[1580] 第488(新生第46)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/07/28 22:46 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第46回目となった7月25日の訪問活動は,大阪の夏の風物詩・天神祭の本宮と同じ日に行われ,ちょうど訪問活動中が陸渡御の時間に当たるものでした。天神祭とは関係ありませんが,この日は都合の悪い常連参加者が多かったため,神戸・週末ボランティアのレギュラーの訪問活動としては最少人数であろう3名の参加のもとで行いました。

参加者は東條代表と私にもう一人の初参加の方でしたが,この方はある放送局が電波媒体とは別に制作する,web版の特集記事で阪神淡路大震災や被災者を採り上げるべく参加したというフリーライターでした。今回は,ウェブ上とのことなので期待するとともに,弊サイトにおいても勉強させていただこうと思っています。

晴天ではないものの,蒸し暑く,身体への負担の大きい天候のもとで行われたため,知らず知らずのうちに体力を消耗しやすく,こまめに休憩を取り水分を補給するなどの体調管理をしっかり行った上で,訪問活動に臨む必要があることを痛感しました。次回以降もしばらく猛暑が続くと思われますので,お互い注意したいものです。

そうして,体力と気持ちの余裕を持って訪問活動に臨むことが,住民との信頼関係を構築し,「お話し伺い」のクオリティーを高める上で必要でしょう。 全文を読む

開設1周年を迎た新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ では,新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2に「2009年週末ボランティア総会」の報告を掲載しました。
このほかにも活動報告と記録が出ています。あわせてご覧ください。


[1579] 第488回週末ボランティア

記入者:東條健司 最終更新日:2009/07/21 01:12 [E-mail]
(HOST: p6209-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

             ― つ ぎ は ―      
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内「1回だけでも、初めてでも」の
支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。第488回、被災者宅訪問支援
日時:2009年7月25日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に前庭にご集合下さい。訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

前回の訪問は参加者6名でした。

・60代男性、奥さんと2人暮らし。室内にて1時間程度お話伺い。昭和45年から住んでいた中央区内の市営住宅で被災。半壊となるがご自身に怪我は無し。奥様が炊事中であったが焼けどを負う。奥様の母親が西宮で亡くなる。その後小学校で避難生活をおくる。仕事もしていたが十分に睡眠が取れず。自衛隊の風呂に入った。シャワーのサービスがあり助かった。その後被災した市営住宅を応急処置し再入居(現在住宅は取り壊され現在は更地となっている)。個人営業で保険には加入されておらず国民年金のみ。まわりには無年金の方もおり生活保護に頼っているとの事。3年前に肺炎を患い禁酒・禁煙を継続。ただやめたら元気が無くなる。付き合いも無くなる。2年前に肩が複雑骨折となり仕事を休んでいる。今の住宅は1DKの一人暮しが多い。「9割方は震災を知っとるんかな」との事。部屋の中は整然としていた。話途中に奥さんからお茶をごちそうになったが奥さんも元気そうであった。口調もしっかりしておられた。途中で窓を開けて頂いたが、国道・高速道路沿いでクルマを音で騒がしかった。


 以上


[1578] 第487(新生第45)回訪問活動 & 2009年週末ボランティア総会

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/07/17 23:23 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第45回目となった7月11日の訪問活動は,梅雨明け間近の,曇り空がほどよく酷暑を和らげてくれた中で,常連参加のメンバーを中心に行われました。新型インフルエンザにより訪問活動を2度にわたって中止したあとであることに加え,私自身の多忙もあいまって,季節が移り変わっての,やや久々の参加となりました。

(中略)

続いて行われた総会は,短時間でのスケジュールを強行されたものであるだけに,議論が充分尽くされなかったり,なされるべき決定がなされず積み残し課題となった点があることは,結果として不可避であったものの,神戸・週末ボランティア がこのかん取り組んできた再生の取り組みの地平にふまえ,それを守り育ててゆく上で,一定の成果を勝ち取ってきたといえるでしょう。これについては新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2の「2009年週末ボランティア総会」において詳しく報告したいと思います。

(後略)

全文を読む

間もなく開設1周年を迎える新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。ご覧ください。

このほか正常化への強行スケジュール (HARA Hideki's Blog) にも掲載しています。あわせてご覧ください。


[1577] ボランテァ参加

記入者:津田 諭志 最終更新日:2009/07/17 07:27 [E-mail]
(HOST: proxy20017.docomo.ne.jp)

リストラされて家でごろごろしたくなく
市町村の為に何かできないか?
例えば私は釣が好きなので神戸、明石近隣の波止場のゴミひろいとか?


[1576] 2009年週末ボランティア総会に向けて

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/07/10 05:15 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

明日7月11日の2009年週末ボランティア総会に向けての資料ができました。下記提案(私案) とあわせて御高覧くだされば幸いです。

・希望の灯り分灯始まる 阪神大震災14年「毎日新聞」神戸版 2009/01/10 p.2
・被災者との集い開催 復興住宅の問題話し合う「神戸新聞」2009/01/11 p.2
・希望の灯り「分灯」囲み黙とう 「毎日新聞」神戸版 2009/01/11 p.3
・復興住宅訪問のボランティア募集 14日実施 「毎日新聞」神戸版 2009/03/12 p.3
・復興住宅訪問のボランティア募集 あす 「毎日新聞」神戸版 2009/03/27 p.4
・被災高齢者を訪問する団体 週末ボランティア 「産経新聞」関西版 2009/01/16 p.4
・2007〜2009年 参加・記録情況 p.5
・初参加者の感想 p.7
・2009年 訪問活動概略 p.8
・2009年週末ボランティア総会提案(私案) p.15

全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ をご覧ください。


[1575] 2009年週末ボランティア総会提案

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/07/10 04:56 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

2009年週末ボランティア総会提案(私案) 2008年7月10日

総括

 神戸・週末ボランティアの2008年から2009年にかけての復興住宅訪問活動は、積年の弊を根本的に取り除き、解体的再生を図り、新生週末ボランティアとして再出発した2007年から2008年にかけて、活動の資質向上と、住民・市民との信頼関係[再]構築において、劇的な成果を収めた地平にふまえ、それを維持してきたといえる。
 その一方で課題も浮かび上がってきた。資質向上が鈍化し、現状維持的レヴェルとなっていることは否めない。住民・被災者や市民のあいだで、復興住宅訪問活動が、単なる安否確認レヴェルの内実と思われるなど、「お話し伺い」の意義の理解浸透不足が見られる。
 また、役立ちの気持ちにあふれた誠実な新規参加者をむかえたことで、活動の資質向上とともにヴォランティア団体にふさわしい良好な雰囲気ができあがったことは、何よりの成果といえるが、さらなる新規参加者の開拓も新たな課題だ。向上した資質と良好な雰囲気にふさわしい情報発信が求められる。

方針

活動の目的・趣旨の確認−役立ち学ぶ、尊厳を見いだす<確認>
・週末ボランティアの活動は、お話伺いを起点として、コミュニティーの創造・構築や住民の主体性発揮のサポート、行政監視、政策提言などに及ぶものである。
・週末ボランティアの活動の目的は、被災地の復興と被災者の生活再建に貢献・寄与することであり、そのために情況に自らを投入することによって、被災者の中に尊厳を見いだす姿勢が求められる。
・週末ボランティアの活動に当たってもっとも必要とされる基本的姿勢は、言語コミュニケーションを通じて学びの機会とすることである。
・週末ボランティアとしての活動の目的・趣旨を確認し、その達成と増進に寄与するにふさわしい姿勢で参加することを求める。あわせて、参加者が活動を通じて得られる学びと充実を増進できる環境を整備する。
・具体的には、訪問予定の住民宅に投函される「予告チラシ」に記されているような言動と姿勢(不偏不党の原則、独立した主体的立場)を堅持することが、個々の参加者とグループとしての週末ボランティアのいずれにも必要不可欠であることを確認する。

お世話役・役割分担
 学び役立つグループとしてふさわしく、参加者の資質向上と便宜に期するためためにおくものであって、「指導部」や「体制」ではない。参加者は「お話し伺い」を通じて現実の情況から学び、それを共有・深化させるのが、グループのあり方である。訪問先住民・被災者の前では、一人一人がグループの「顔」であり、みんなが「代表代行兼監査役」だ。
・代表・会計のみ常置(再任)。「副代表」その他の役職等は不要、設置しない。
・必要なときは代表が代行を指名(委任)できるものとする。
・その他の役割分担は負担偏重がなきように配慮する。

取材等の受入<確認>
 メディア等の取材に際しては、媒体の種類、取材趣旨が、週末ボランティアの活動の趣旨にふさわしいかを精査したうえで、受入の可否を判断する。参加者・住民その他関係者のプライバシーはもとより、グループとしての信用、住民・被災者の尊厳を守り尊重する上で、慎重な取り扱いを要する。参加者・記者・住民三者それぞれに有意義なものであることが望ましい。
媒体の種類による適否の例;
○新聞
△ラジオ、市民記者(WEB版ニュース)、雑誌など
×テレビ、宗教団体機関誌・紙、党派機関誌・紙、マンガなど。
ジャンルによる適否の例;
○報道、ドキュメンタリー、その他社会問題として扱う上でふさわしいもの
△ノンフィクションなど
×娯楽、バラエティーなど

500回記念行事
 神戸・週末ボランティアの訪問活動が通算500回目をむかえるのは、来2010年1月23日かそれ以降となる。昨2008年の総会において、500回記念はみなで楽しめるような行事をとの提案がなされたが、時期的に恒例の「1.17」に先立つ行事と重なることになる。
 そこで、震災から15年となる来期については、イヴェントを企画し、神戸・週末ボランティアにこれまで関わってきた、被災者・市民・新旧の参加者らが交流する機会を設ける。
 あわせて500回記念誌を制作し、新旧の参加者をはじめ、神戸・週末ボランティアに関わりある方から手記等を募り、訪問活動の記録などの資料とあわせ、神戸・週末ボランティアのこれまでの足跡をたどれるようにする。

全文を読む


[1574] 487回、と総会のご案内

記入者:東條健司 最終更新日:2009/07/04 23:40 [E-mail]
(HOST: p6209-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

   
          ― つ ぎ は ―      
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第487回、被災者宅訪問支援
日時:2009年7月11日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に306号室へご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

7月11日(土)は、終了後よる6時より8時まで、週末ボランティアの総会を、「神戸市勤労会館」に戻って行います。どうぞ、大勢参加され、15年目の被災地の苦悩を共有して下さい。

前回の訪問は参加者9名でした。

・60代男性、子どもと妻と4人暮らし。長田区で被災、全壊(アパート)。被災時は1歳と6歳の子供があり大変だった。妻が神戸出身のため、昭和49年、大阪からこちら長田区に引っ越した。市場の魚屋で働いていた。その後トラックの運転手をするも手取り13万円ほどで生活は苦しかった。今は仕事がまったくなくて困っている。1回3時間、時給1000円清掃の、アルバイトをしている。足りない分は生活保護を受けている。妻は現在、総合失調症で働きに出られないので自分が働くしかない。自分はアルコール依存症で、糖尿病のため、今は、断酒会に入り、自分を戒めている。長男は高校を卒業し独立しているが、次男はまだ、高校1年生のため、生活は苦しいが、授業料約2万円を何とか工面して支払い、高校を卒業させてやりたい。これが夢であり、頑張って行きたいと切実に話された。しかし、まともな仕事がないので困っていると繰り返し話された。

・70代男性。中央区で被災、全壊。震災時は2階から降りられず4時間くらい閉じ込められた。被難所には入れなくて大阪の公団に入った。大阪の方が当たり易いということであった。そのときは親と一緒であった。でも、やはり神戸がよいと思う。兄姉はたくさんいたが、今では兄1人姉3人の末っ子で兄の援助を受けた。現在は兄が母親を見てくれている。奈良につれて帰っている。自分は震災当時は55歳で無職であった。昔から友人の出来にくい方で、若いときの働きのおかげで、今は国民年金と厚生年金のおかげでやっている、1人なので何とか生活ができている。先般、胃腸の病気で入院していた。今は、お隣さんとだけ行き来している。会えばお喋りしているだけである。まーテレビが友人と言うところです。コーヒーは何杯も飲んでいる。足が時々、コムラカエリすると云われたので、もしかしたら水分の不足かもしれないと思うと話した。東條さんの名札を見て、あなたが東條さんですかと、大変、喜んでおられた。東條さんの名前は以前からよく知っているとの事でした。14年目の感想としては生きていてよかった。と言われ明るい受け答えの会話はとてもよかった。

・50代女性。灘区で被災。1階は全壊、2階にいたので助かった。仮説住宅は北区の鹿子台の仮説にいた。震災時のショックで、今でも精神科のカウンセリングを受けに通っている。肝臓が悪いため内科の病院にも行っている。この復興住宅は6回目でようやく当たった。おかげで1人暮らしであるが隣、近所との付き合いはある。何とかやっている。

                                    以上


[1573] 486回

記入者:東條健司 最終更新日:2009/06/20 15:53 [E-mail]
(HOST: p6209-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

            ― つ ぎ は ―             
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。第486回、被災者宅訪問支援

日時:2009年6月27日(土)午後1時〜5時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時に、前庭にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

前前前週の訪問は参加者6名でした。

・ 80代女性、一人暮らし。今日は病院に行くから忙しいと言われるが、被災地はとの問いに「灘区で全壊だった」と答えて頂いた。何が起こったか分からなかった、私は埋まっていたから。両隣は一人づつ亡くなられた。埋まっていたら、お孫さんが助けに来てくれて病院へ。頭を7針縫うケガだった。その後は親戚の家にいたが気を遣って大変だった。六甲アイランドの仮設住宅を経てHAT神戸に入居してちょうど10年。「最初は皆知らない人ばっかりだったけど、今は仲良くやっている」と話された。同じフロアの女性を集めて茶話会を開いたりしていると明るく語る。私の世代は戦争も経験した。17歳で徴用され見習い看護婦として大阪の病院に勤務。ちょうど空襲があり、とても大変だった。「戦争にも震災にも遭い生き残った。『私には生きる使命があったんだと思う』」、その力強い言葉に重みを感じた。息子さん3人を育てあげて、8人の孫、2人のひ孫がいるとのこと。明るく、時に力強い語りにたくさんのことを教わった気がする。

・ 70代女性、子息と2人暮らし。震災当時は、二階建て上下6戸の文化住宅の一階中央の部屋に夫と2人で住んでいた。震災では一階部分がつぶれて、二階が落ちてきた。6畳の間に布団を並べて夫と寝ていたが、傍らのタンスが倒れて引き出しが飛び出し、その間に挟まれて身動きができなかった。夫の様子は見えず、最初は声をかけると返事があったが、次第に声が聞けなくなった。二階の落ちた柱だろうか、それを血の出るほど叩き、声を限りに助けを求めた。そのうち、二階に住んでいた若い兄ちゃんが気づいてくれて「おばちゃん、どないしてでも助けたる。頑張れよ」と声をかけ続けてくれた。姫路から来た消防隊に足から吊あげられて救出されたのは午後4時。「まだ主人がいる」と訴えたが、「残念ですが、ご主人の応答がない。他に救出しなければいけない人が沢山いますので…。申し訳ありません」と消防隊員は頭を下げられてしまった。お隣のご家族は3人か4人なくなったそうだ。夫の遺体が掘り出されたのは2日後。警察官に「ショックが大きいだろうから見ない方がいい」と勧められて、死骸を見れなかった。家財も一切持ち出せなかった。夫の遺体は集会所にほかの方の遺体とともに収容されたが、検死葬場の関係で「2月中の葬儀は無理」といわれた。実家から弟が駆けつけて警察と交渉し、葬儀は身内だけで執り行った。3年半ほど、そのまま弟の世話になり、今の復興住宅に入った。今まで生きてこられたのは、震災前から書道と短歌に親しんできたからかもしれない。3年前からは短歌の先生の都合で短歌が習えなくなり、俳句に切り替えたという。現在は子息と二人暮らし。外目にも疲れの色は隠せず、生活の大変さは相当のものだろうが、あえて多くを語ろうとしない。「俳句と短歌のおかげで頭だけはしっかりしているから」と表向きはあくまで気丈。どれだけ話しても他人には本当のことは分かってもらえない―そんな一種の諦念のようなものさえ感じられた。俳句と短歌を一首づつ紹介しておこう。「わすれない あの日の苦しみ 五時四十六分 むだなく生きて 亡き父に語ろう」「シニアとて 革命ありや 花茨」。心の奥底のやるせない、悲痛なまでの叫びを聴いた。         以上

次回のつぎの7月11日(土)は、午後1時からいつも通り訪問のあと、午後6時より「神戸市勤労会館」に戻り、2時間の総会を行います。年に1度の総会です。色々と感想などを持ち寄って下さい。みなさんの参加をお待ちしています。

東條健司(とうじょう けんじ)
〒654-0142 神戸市須磨区友が丘7-154
T/F 078-795-6499 携帯090-8121-9709
E-メール ktojo@pearl.ocn.ne.jp


[1572] いまこそ活動の資質向上と被災者・市民からの信頼関係の[再]構築を第一に!

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/06/08 01:28 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

週末ボランティア掲示板に,東條健司代表により「今週の訪問は中止いたします」と題した,以下のような記事が出ている。

こんにちは。
6月13日の週ボラは、念のためもう1回お休みに致します。
次回は6月27日(土)から新規まき直しで始めます。
次次回は7月11日(土)で、487回目、終了後に6時から総会をやりたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

前回5月23日,新型インフルエンザの影響を鑑みて中止しているので,これで2回連続の中止となった。これについても楽観的観測であればこの頃には影響も下火になっているのではないかとも言えなくなかったが,結果として予想以上に影響が長引いたため,この回の中止は妥当な選択であったといえる。

昨日(6月5日)朝から今日の夕方近くまで,神戸市内各所(東灘区〜垂水区)に滞在したが,マスクをつけて道行く人の姿もなく,神戸市長・兵庫県知事による「安全宣言」が出されている中にあっては,これ以上さらに,新型インフルエンザを理由とした訪問活動中止は必要ないのではと思われる情況だ。

しかしながら,行政トップによる「安全宣言」が,医学的,衛生上の確たる根拠をもってなされたものではない以上,「念のためもう1回お休みに」することも,妥当な選択といえよう。積極的支持するつもりもなければ,かといってあえて反対するほどでもないというレヴェルであるが。

もっとも,神戸・週末ボランティア復興住宅訪問活動において,「新型インフルエンザの影響」やその評価の妥当性だけをもって,あるいはそれを主たる理由として,その続行・休止を判断することには,慎重であるべきだ。

たとえば,いたずらな休止が,かえってインフルエンザにたいする風評被害を煽ることも考えられる。また,感染者蔓延の中での強行が,被災者・市民からの不信を惹起することもある。

かかる点から,同日に支障が予想されるなら,それをもって活動休止とするのは,妥当な判断として,支持できるものだ。

ともあれ,続行・休止を判断するにあたっては,,このかんそのために不断の努力を続けてきたところの,活動の資質向上と被災者・市民からの信頼関係の[再]構築を基準とすべきだ。神戸・週末ボランティアにおける他の活動おいてもそれは同様だ。

あわせて出されている,7月11日の訪問活動後の総会については,かかる観点から,厳しい姿勢で臨まねばならない。

2009年は前半期だけで通常よりも3回訪問活動が少なくなることになる。また同日の訪問活動を大幅に縮小するか,とりまとめをおろそかにしなければならなくなるという点で,本来望まれるべき活動のクオリティ維持に支障がきたされる危険が高い。

そして何よりも,1年に1度,活動をふり返り,総括し,向こう1年の展望を開くべき総会を,わずかな時期で済ませようとしていることは,非常に大きな問題だ。必要な議論はもちろん,それ以前の情報共有すらおろそかにさる。この間の活動が,よほど無内容かつ無意味なもので,そのことを現状追認的に確認するだけのものであれば,こうした短時間で済ませられるような総会でも充分すぎるほどだ。そしてまた,何がしらの意図をもった者が恣にするがごとき運営が強行される危険もあることも指摘しておかねばならない。

もっとも訪問活動と総会が,1日の通常の訪問活動の時間内で行われるとなれば,体力・費用といった,活動参加にかかるコスト面では助かるので,私個人としては非常にありがたい。しかしながらかかる観点からこれに賛成することは,まさしくあってはならないことと,自戒している。

活動の資質向上と被災者・市民からの信頼関係の[再]構築をまず第一に考え,そのために最善の方途を,参加者各自が,また,グループとしての神戸・週末ボランティアが,それぞれ模索し,選択することが,何より重要だ。

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[1571] 週末ボランティアはもう1回休みます

記入者:東條健司 最終更新日:2009/06/06 00:20 [E-mail]
(HOST: p6209-ipngn100401kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

こんにちは。

6月13日の週ボラは、念のためもう1回お休みに致します。

次回は6月27日(土)から新規まき直しで始めます。

次次回は7月11日(土)で、487回目、終了後に6時から総会をやりたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。


[1570] 今週の訪問は中止いたします

記入者:東條健司 最終更新日:2009/05/20 10:38 [E-mail]
(HOST: zaqd37c7524.zaq.ne.jp)

週末ボランティアの代表の東條健司です。

いま、新型のインフルエンザが、神戸方面にも多発しています。

その影響もうけて、今週の訪問はお休みと致します。

また、訪問が再開できるようになったら、お知らせを致します。

各自、お互いに身体には気をつけるようにしましょう。

またの再開をたのしみにしています。

東條健司(とうじょう けんじ)
〒654-0142 神戸市須磨区友が丘7-154
T/F 078-795-6499 携帯090-8121-9709
E-メール ktojo@pearl.ocn.ne.jp


[1569] 2009/4/25初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2009/05/08 21:17
(HOST: cb8ac9-013.dynamic.tiki.ne.jp)

☆O.Mさん:お留守の方が多かったのですが、実際にお話を聞かせていただける方もいらっしゃり、貴重な体験をしたと思っています。ボランティアの皆さんが上手に、しかも自然に話を聞き出しておられたのに感心しました。私自身はただやり取りを聞いていることしかできませんでした。被災者のお話を聞いて、改めて震災の被害が大きかったことを認識しました。また、現在も厳しい生活をしておられる現状を知り、とても重い気持ちになりました。生半可な気持ちではお話をして下さる方々にも失礼だし、聞く側にもたいへん気力のいるボランティアだと感じました。


[1568] 第485回

記入者:東條健司 最終更新日:2009/05/05 12:26 [E-mail]
(HOST: zaqd37c7524.zaq.ne.jp)

       ― つ ぎ は ―             1
15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。第485回、被災者宅訪問支援
日時:2009年5月9日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)
前週の訪問は新人2名をいれ参加者9名でした。

・ 80代女性、一人暮らし。今日は病院に行くから忙しいと言われるが、被災地はとの問いに「灘区で全壊だった」と答えて頂いた。何が起こったか分からなかった、私は埋まっていたから。両隣は一人づつ亡くなられた。埋まっていたら、お孫さんが助けに来てくれて病院へ。頭を7針縫うケガだった。その後は親戚の家にいたが気を遣って大変だった。六甲アイランドの仮設住宅を経てHAT神戸に入居してちょうど10年。「最初は皆知らない人ばっかりだったけど、今は仲良くやっている」と話された。同じフロアの女性を集めて茶話会を開いたりしていると明るく語る。私の世代は戦争も経験した。17歳で徴用され見習い看護婦として大阪の病院に勤務。ちょうど空襲があり、とても大変だった。「戦争にも震災にも遭い生き残った。『私には生きる使命があったんだと思う』」、その力強い言葉に重みを感じた。息子さん3人を育てあげて、8人の孫、2人のひ孫がいるとのこと。明るく、時に力強い語りにたくさんのことを教わった気がする。

・ 70代女性、子息と2人暮らし。震災当時は、二階建て上下6戸の文化住宅の一階中央の部屋に夫と2人で住んでいた。震災では一階部分がつぶれて、二階が落ちてきた。6畳の間に布団を並べて夫と寝ていたが、傍らのタンスが倒れて引き出しが飛び出し、その間に挟まれて身動きができなかった。夫の様子は見えず、最初は声をかけると返事があったが、次第に声が聞けなくなった。二階の落ちた柱だろうか、それを血の出るほど叩き、声を限りに助けを求めた。そのうち、二階に住んでいた若い兄ちゃんが気づいてくれて「おばちゃん、どないしてでも助けたる。頑張れよ」と声をかけ続けてくれた。姫路から来た消防隊に足から吊あげられて救出されたのは午後4時。「まだ主人がいる」と訴えたが、「残念ですが、ご主人の応答がない。他に救出しなければいけない人が沢山いますので…。申し訳ありません」と消防隊員は頭を下げられてしまった。お隣のご家族は3人か4人なくなったそうだ。夫の遺体が掘り出されたのは2日後。警察官に「ショックが大きいだろうから見ない方がいい」と勧められて、死骸を見れなかった。家財も一切持ち出せなかった。夫の遺体は集会所にほかの方の遺体とともに収容されたが、検死葬場の関係で「2月中の葬儀は無理」といわれた。実家から弟が駆けつけて警察と交渉し、葬儀は身内だけで執り行った。3年半ほど、そのまま弟の世話になり、今の復興住宅に入った。今まで生きてこられたのは、震災前から書道と短歌に親しんできたからかもしれない。3年前からは短歌の先生の都合で短歌が習えなくなり、俳句に切り替えたという。現在は子息と二人暮らし。外目にも疲れの色は隠せず、生活の大変さは相当のものだろうが、あえて多くを語ろうとしない。「俳句と短歌のおかげで頭だけはしっかりしているから」と表向きはあくまで気丈。どれだけ話しても他人には本当のことは分かってもらえない―そんな一種の諦念のようなものさえ感じられた。俳句と短歌を一首づつ紹介しておこう。「わすれない あの日の苦しみ 五時四十六分 むだなく生きて 亡き父に語ろう」「シニアとて 革命ありや 花茨」。心の奥底のやるせない、悲痛なまでの叫びを聴いた。         以上


[1567] 2009/4/11初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2009/04/23 22:23
(HOST: cb8ac9-034.dynamic.tiki.ne.jp)

★大島淑美さん:話を聞くと内容が深く、重たい話が多く、みなさんが大変な思いをたくさんされたんだということが伝わってきました。自分自身の経験とも重なり、話を聞くのが少しつらかったです。復興住宅内の協力が少ないのが、とても残念に思います。(このボランティアは)とても大切な活動だと思いました。今日は初めてだったので、なかなか話をすることが出来ず、うなずくだけでした。


[1566] 484

記入者:東條健司 最終更新日:2009/04/20 23:29 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

             ― つ ぎ は ―             
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第484回、被災者宅訪問支援
日時:2009年4月25日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
(ご連絡は電話078-795-6499またはケイタイ090-8121-9709の東條健司まで。)

前週の訪問は新人2名をいれ参加者7名でした。

・ 60代男性,一人暮らし。長田区で全壊。住んでいた文化住宅に約2週間生き埋めになっていたため,足の感覚がなくなり下半身不随に。救出後4ヶ月間入院しているうちに自宅が解体され,何も取り出せなかった。その後4年あまり、あちこちの病院に入院したのちこの復興住宅の車いす対応の部屋へ。部屋ではベッドの上で時間を過ごす。時折足を動かし,関節が固まらないようにする。食事は1日1回で全部済ませる。最近トイレの時間が長くなってきたのが心配。車いすのままでもできるよう台所の流し台まわりを改造してもらった。画質にこだわって大型プラズマテレビを3台買い換えた。ベッドの上からこれを操作できるよう,マジックハンドのような道具を自作した。執拗な新聞の勧誘や訪問販売などへの対策として,玄関とスロープで外に出られるベランダの両方にCCD付のインターホンを自分自身で取り付けた。画像は録画して大型ディスプレイでも見られるようになっている。上半身の自由を最大限以上引き出す工夫と、自立への強い意欲に感心させられた。2時間近くにわたる,お部屋に上げていただいてのお話し伺いとなった。

・ 80代女性,一人暮らし。中央区で全壊。生粋の江戸っ子でお嬢様育ちなので,復興住宅の人々になじもうとしてもなかなか受け容れてもらえない。ほとんど寝たきりの状態で,現在入院中のため,留守番の方からお話し伺い。

・ 50代女性。ご主人とお母さんと3人暮らし。話に応じてくれた女性は、最初は厳しい表情。まなざしもきつかった。生活に疲れきった、といった印象。ドア越しのインタビューとなった。
震災当時は、ご主人と2人でケミカルシューズの部材の卸売業をやっていた。避難所にしばらくいた後、姫路の社宅(家賃無料)に約1年いた。その後、姫路の県営住宅に3年ほど住んだ。両親が兵庫区に住んでおり、借家は半壊。一人っ子だったため、仕事を持っていた父親を神戸に残し母親を姫路に連れていった。母親は目が不自由(全盲で障害者1級)。震災で長田のケミカルシューズ業界が壊滅状態になり、部材の卸売業が続けられなくなり、ご主人は慣れぬ漬物屋に努めた後、NHKの集金人になった。神戸に戻ったのは、母親が父親のいる神戸に帰りたがったため。ちょうど神戸市が送ってくれた市政だよりで復興住宅の募集を知った。ご主人は神戸に戻った後もしばらくNHKの集金人をしていたが、賃金の割にノルマがきつく辞めた。父親はその年の10月にガンで亡くなった。その後、小さな車を買い、夫婦で宅配便をやったりしたが、ガソリン代を払うとほとんど残らなかった。ご主人は現在、ビル管理会社に勤めているが週に3〜4日ほどしか勤務できず、賃金も安い。奥さんもアルバイトをしているが、足に人工骨を入れており長時間立っていられない。なんとか生活をしていけるのは、子供がなく、家賃が安いほか、母親の障害者年金があるからだ。その母親も80半ば。最近は認知症がでている。いつ亡くなるか分からない状態で、亡くなれば年金がもらえない。将来の生活を考えると不安でたまらない。今、一番困るのは銀行が近くにないこと。以前は交番の横にみなと銀行の引出し機があったが、いつの間にかなくなった。不満なのは駐車場料金が高いこと。月2万円もする。車椅子の障害者がいる家庭は無料で借りられる。車椅子の障害者の家庭は無料なら、全盲の家族がいる家庭も無料ないし割引価格で借りられないものか。ここに来る市の職員に話をしても「私らではどうもできない」と逃げられてしまう。話を伺っている間に、相手の表情が和らいできて、正直ホッとした。何らの罪もない人々が、天災のために肉親や仕事、家を失い、生活苦に追い込まれる現実。格差社会が広がる中で、被災地がますます取り残されていくのが実感だ。国や自治体は何のために存在するのか、とあらためて考える。

・ 70代女性、1人住まい。3人で訪問したが、事前のチラシ配布で訪問を知っており、快く迎えてくれた。1DKの室内には、近所の県営住宅に住むという女友達が遊びに来ていた。6畳ほどのDKはミシンと生地の裁断台など洋裁の用具一式が置かれているほか、テーブル、冷蔵庫と茶箪笥だけで極めてシンプル。小奇麗に片付けられている。セーターに刺繍入りのベスト、頭髪もよく整い、薄い化粧を施しており、非常に若々しい印象。話し声も明るく、テンポがいい。紅茶をご馳走になりながらのインタビューとなった。女性が洋裁の道に入ったのは20歳の時。当時、山本通りにあった中国人が経営する店で6年間見習い修行した。顧客の大半は総領事館勤めをする外国人の婦人だった、という。その後、小規模ながら自分の店を持ったこともあったが、結局は兵庫区にアパートを借りオーダー洋服を仕立てていた。被災地は兵庫区の平野。アパートで母親とふたり住まい。2部屋かりて1室は仕事場に、もう1室は母親の住居を兼ねて寝起きなど生活の場にしていた。震災の被害は軽微。茶箪笥のガラスが2枚割れ、テレビが台から落ちた程度。アパートは半壊だった。震災時は、母娘ともよく眠っていたため、地震そのものの恐怖は感じなかった。「ひどい目に遭った人には本当に申し訳ないと思うけれど、そのあとの余震のほうが怖かった。幸い知人には死んだ人もいなかった。」と話す。近くの避難所で2日過ごし、加古川の親戚に母親と身を寄せた。2カ月後、アパートが補修され、元の住まいに戻った。しかし、震災のダメージは予想外に大きかった。被災による生活苦からか、洋服のオーダーがすっかり減ってしまったのだ。加えて顧客も年々高齢化し、注文の減少に拍車をかけた。同居していた母親を5年前に84歳で亡くした後は、「気が抜けて仕事
する気も出ず、1年くらいブラブラしていた」という。その後、呉服を洋服に仕立てる四国の業者を従姉妹に紹介された。業者からは、次々に仕事が舞い込む。「私は手がキレイだから」と。“手がきれい”とは、業界用語で「腕がいい」ということらしい。「寸法を取ることから仕立てまでできる人はあんまりいないから」。その道一筋に半世紀余りのプライドを垣間見た。母親と同時期に弟と妹を相次いで亡くしたほか、これまでの生涯を独身で通したため、家族はもう誰もいない。「家賃は安いし、食べていかれればいい。目も悪くなってきたし…。だから仕事は3時間か5時間程度で終え、頑張らないんです」と笑う。「毎朝、目が覚めた時に、今日も生きてるんか。アレもコレもやらなあかんのやな」と考えるとも。現在は「コレというほどの不満はない」そうだが、「ここに来てから、市の人も区の人も一度も来てくれない。民生委員の人の紹介さえない。『勝手に住んどけ』という感じ。もし体の調子が悪なって動けんようになったら、どうしたらいいんやろ」と不安そう。「『勝手に住んどけ』という感じ」−の言葉が、胸にズシンと突き刺さった。女性ながら、洋裁の腕前一つで家族を支え、50年余を生きてきた誇りに満ちている。その一方で、家族のために自分を空しくしてきたのではないだろうか?この人に限らないが、ひたすら真面目に生き抜いてきた人々が、身寄りもなく晩年を迎えた時に、行政を含めて私たちは何をしたらいいのだろうか?「『勝手に住んどけ』という感じ」−の一言は“棄民”という言葉を連想させた。                以上


[1565] 483回

記入者:東條健司 最終更新日:2009/04/07 01:12 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。
第483回、被災者宅訪問支援
日時:2009年4月11日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人1名をいれ参加者9名でした。

・ 60代女性、息子と2人。チャイムを鳴らしても反応無し。御留守かな?と思っているとドアが少し開いた。迎えて下さったのは、綺麗にお化粧をされた60代の女性。「中は汚いから」そう言いながら小さな椅子を2つ玄関へ持ってきて下さった。足を引きずり、這うように動かれるその姿は痛々しかった。坐骨神経症と腰の骨の病気を併発され、足が不自由になったとのこと。「だから玄関まで出るのに時間がかかって。お待たせしてごめんね」。入居12年目。やっと抽選に当たってここに入居する以前は、二年間震災で全壊した自宅にビニールシートをひいて暮らしていた。37歳の息子さんと二人暮らし。旦那さんとは震災以前に離婚。生活が苦しくなり始めたのは数年前。息子さんは、器具購入の費用がかさみ、また料金未納のお客様の増加、不景気による仕事の激減により、借金が膨らんだ。退職するまでずっと働いていたが、今は足が不自由で働きに出ることはできない。そんな中、息子さんは事故を起こし、むちうちに。車は廃車。支払わなければならない額は膨大。年金を担保に返済している。息子さんは十分に動けない状態ではあるが、数少ない得意先の信用を失うわけにはいかず仕事に出ている。借金は、サラ金に関しては自己破産で清算。しかし上司のつてで借りたお金には返済義務があり、その額は多額。ここまで何度も涙をぬぐいながら話して下さった。生活保護はどうかと打診するが、「九州女やから。迷惑はかけられない」。食器を洗おうとしても、頑なに遠慮される。息子さんは、自分の存在が母を苦しめている、と考え死をほのめかしているという。毎日、ちゃんと帰ってくるかが心配」。そう言ってまた涙を流される。彼女は生後二週間、長崎で被爆されており、交通や病院にかかる費用は無料。煩わしがって手続きを怠った代わりに被爆者手帳を申請して下さったお母さまに感謝していらした。近所づきあいは無し。自治会も無く、誰にも頼れない。「私たちは何もできません。ごめんなさい」と訪問者の一人が言った言葉にも、「大丈夫です」。と強く唇を噛みしめた後、笑顔を見せられる。「働きたくても働けない。この足さえ」。何度もこう漏らし、泣かれていた。それでも終始崩れない凛とした表情に、佐治さんの言う九州女の強さが見えた。「ハイビスカスが好き。あの強さと赤い色、エネルギッシュなところが」。「雑草のように生き抜いてきた」彼女こそ、ハイビスカスそのものだと思った。

・ 50代女性,一人暮らし。中央区で全壊。近くの会社に避難し,1フロアにいた高齢者が多い100人ほどを世話する責任者になった。すべての避難者の行き先が決まってから,最後に出て,りんくうタウンの仮設住宅へ。この復興住宅は竣工が遅かったため,ポートアイランドの仮設住宅で1年間待ってから入居。4人の子どももここから独立していった。3年前には大病をした。今までは必死でした。今は腎臓を患っているが,薬と食事療法で,透析にいたらないようにしている。教会でも毎年亡くなった方への慰霊祭をしている。何も無かったように生活しているが1・17が来ると色々と想い出します。                以上


[1564] 第482(新生第40)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/04/02 18:42 [WebSite]
(HOST: 202.229.190.169)

新生週末ボランティア第40回目となった3月28日の訪問活動は,桜が開花しつつある,穏やかな天候の中で行われました。訪問現地での途中からの参加となりましたが,既に訪問活動に入っていた参加者のグループに加わる形で,お部屋に上げていただいての充実したお話し伺いのいくつかに立ち会うことができました。 続きを読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1563] 2009/3/28初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2009/04/01 17:10
(HOST: p8192-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

★U.Tさん:2棟の方のお話を伺いましたが、前向きに生活されているご様子に、反対に元気をいただいたり、教えられたり、勉強になりました。震災後14年経って生活も安定している様に見受けられるが、高齢化に向かって、この活動はますます有意義だと思います。


[1562] 2009/3/14初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2009/03/27 17:21
(HOST: p7076-ipbfp3202osakakita.osaka.ocn.ne.jp)

★A.Mさん:「傾聴ボランティア」という言葉を今回初めて具体的に体験しました。お話し下さった女性の方が、とても感じの良い方で、色々とお話下さり、当時のご苦労を乗り越え、元気にお過ごしのご様子がとても印象的でした。


[1561] 第481(新生第39)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/03/24 00:18 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第39回目となった3月14日の訪問活動は,常連となった参加者に初参加者の女性を含めて,桜の開花予想日の早まるかと思われるような,暖かな好天の中で行われました。今回は,これまでの度重なる長時間移動の疲れが蓄積したことによるものか,若干体調が思わしくない中での訪問となったのが残念です。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1560] 482回

記入者:東條健司 最終更新日:2009/03/22 23:17 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第482回、被災者宅訪問支援
日時:2009年3月28日(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は参加者9名でした。

・ 60代女性、2人暮らし。中央区で全焼。隣からの貰い火で全焼。近くの小学校に避難するも、あとポーアイの仮設に移る。娘のところが無事であったので、一緒に居たがやっぱり不便で仮設に移った。割合早く当って、1回の申し込みでここに入居できた。明るい人で、仮設住宅で行われたカラオケも1ヶ月2回行ったそうです。何も不自由はありませんと、いい言葉を聞きました。今は主人がカラオケに行ってます。女性だけのカラオケと男性だけのカラオケでは、何といっても女性の方がいいと言われた。

・ 60台男性、一人暮らし。東灘区で全壊。一番ひどい所だった。高速の倒れた所の直ぐ近くのマンションに住んでいたからものすごい揺れ方をした。テレビが飛んできて頭に当り、卓袱台が股間に当った。家は全壊、頭は半壊、ここ(股間)は一部損壊と笑わせる。高速は横倒して、斜線の白いすじが見えていた。走って見に行った。車の中で、二週間暮してから小学校に避難し、12月まで避難所にいてから仮設に移った。なかなか仮設が当らなかった。仕事は物流の仕事をしていたので、休みの日でなかったらトラックに乗っていたと思う。50歳台後半に腰を悪くして、手術後余り良くない。人付き合いもしていない。親しい友人が一人いて、何かあったときの事を頼んでいる。昔は射撃やゴルフや釣りをしてお金を良く使っていた。腰を悪くしてからは趣味はテレビを見るか本を読むぐらい。生活は生活保護を受けている。ヘルパーさんは来ていない。買い物はゴープの個配を使っている。名前をお聞きして表札をなぜ出さないのかとお聞きすると、新聞屋とコープと民生委員ぐらいしか来ないからと。笑顔の良い方で、本当は人付き合いの上手な方ではないかと思った。

・ 60歳台男性、一人暮らし。扉が開き、訪問の意図を聞かれたため、お話伺いボランティアをやっていることを告げると、地震のときの話をはじめられた。震災時は一人暮らし。和歌山で家族と住んでいたが、別れて神戸に出てきたばかりのときに被災された。ガタガタガタ、バリバリバリと学校の窓ガラスが割れる音で起きたら、間一髪でタンスと土壁がそれまで寝ていたお腹のあたりに、TVが頭の辺りに倒れてきた。避難所は、近所の福祉なんとかという建物。多いときには100人を超えて寝る場所がないくらいのところで責任者として最期まで残っていた。仮設はポーアイの市民病院の付近。仮設のときも責任者の打診はあったものの仕事が忙しく断っていた。小さい仮設であり、近所づきあいはあった。ここは当初より入居されているが近所づきあいはない。今までの一番の悩みは、いつ地震が起きてこの建物が倒れるかということ。TVに地震の文字が出るだけでぞっとする。心のケアをして欲しいけど他人に分かるわけがないと訴えられる。地震が起きたら、この建物も手抜工事のため真ん中で折れて倒れるシミュレーションが頭の中でえがけると話された。ただし、最近は不景気で地震の心配どころではなくなってきたと話される。現在も仕事をされているがいつ仕事がなくなるかが心配と話された。最後に、東條さんと合流した際に、ホントに東條健司という人物がいるということを知れて今日はいい時間を過ごせたと言われ握手をして別れた。40分程度の戸口での訪問。

・ 40代前半、女性。インターホンを押すと、ヘルパーさんが対応された後、家の中に案内していただいた。地震のときの事は、はっきり覚えていると話される。文化住宅の2階で被災。当時は、TVゲームをしていて、グラグラグラってきて、地震やと思ったら壁がはがれて空が見えていた。お子さんが怖がっていたので抱きしめていた。揺れがおさまり、気を落ち着けるためにタバコを吸っていたら、近所から「タバコ吸っちゃあかーん」と言う声が聞えてきた。被災後は、近所の小学校の避難所へ。避難所では班長をされているときに色々苦労された様子だった。震災後に病気のため車イスの生活になり、現在はヘルパーさんが毎日来ているとのこと。ディサービスにも通っており、入浴サービス等を受けている。入浴は、ディサービスでお風呂につかれるからいいと話された。現在困っていることは?と聞くと、ヘルパーさんにペットの世話を頼めないのが不便だと話された。約1時間の上がりこみでお話しを伺った。
以上


[1559] 481回

記入者:東條健司 最終更新日:2009/03/07 15:18 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

 つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第481回、被災者宅訪問支援
日時:2009年3月14日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は参加者6名でした。

・ 60代男性、3人暮らし。灘区全壊。2階建てが1階になるほど倒れるのが多く、向の道に柳の木があって家を支えてくれたので死なずに済んだ。子供たちは逸早く外に逃げていて、家の中には奥様だけが取り残されて、何時間か後に助け出された時は冷蔵庫の横にうずくまっていて助かった。避難した小学校では、変な人がうろつき火を投げ入れたりして大変だった。でも全員無事が何よりとおっしゃられる。仮設がなかなか当らず、知人の家に4年いて                                                      バイクで通勤していた。今は3人。前向きに生きておられるのを感じた。趣味が多く退屈しないとも言われた。

・ 70代女性、一人暮らし。長田で被災。着のみ着のままで逃げた。文化住宅の2階だった。1階の人は亡くなった。逃げたあと火事で全焼したので何も持ち出せなかった。小学校に避難して4月にはポートアイランドの仮設に入居した。主人が肺がんで10ヶ月しかもたないと言われていてポーアイの病院に入院していたのでポーアイの仮設にした。主人は本当に診断どうり10ケ月後に亡くなった。家具も何も無い仮設で葬式を出した。仮設に居るとき友達になった人に言われて便利だからとここを申し込んだら当った。当ってから入居まで2年待たされたので仮設には4年とチョットいた。フラフラするのでおかしいと病院へ行って調べてもらったら脳梗塞の跡が有った。今は近所の医者が週2回往診してくれるので助かる。殆んど外へ出ない。テレビもご飯時につけたりすると気持ち悪い。2つの事が1度にできない。大阪に息子がいて正月に来たりなんかするが、泊らないでくれと言っている。世話ができないから。若い時は農家の出で農家に嫁にゆき、そこのお姑さんと折り合いが悪く、出稼ぎ先から子供と私を呼んで家を出た。いろんなとこの工事の仕事をして、子供たちも文句も言わず恥ずかしがらずについたきた。今は家賃のことは心配ない。心配なのはお風呂。入浴まえは血圧も測るようにしている。何時倒れるか判らない。

・ 60代男性。母と2人。中央区で被災、全壊。家財道具は持ち出せず。そのままポーアイの仮設住宅へ。3年そこで暮らす。復興住宅には幸い直ぐに入る事ができた。その後健康に問題あり、入院を何度かしている。80台の母を面倒を見ている。時間が有るとき、シートを書いて下さる。

・ 70代女性。ご主人を2年前に亡くされ、今は一人。震災には長田であう。2階建てが1階になり家族が皆埋まった。お母さんは隣の家の土台まで飛ばされて、うちの家の梁に挟まれていた。皆んな怪我はなかったけど大変だった。仮設は西神で大きな仮設にいた。ここへ入って、カラオケの会を立ち上げてレッスンを受けていると、沢山の楽譜を見せて頂く。是非一曲をとお願いして”いいじゃないか”という曲を歌って下さった。西神からここへ入ってよかったと思っている。古いしがらみのある長田だったら、こんなに楽しく生きられなかったかも。ご主人は商売人だったが、美術館に行ったり、古いものが好きで、私のような無学な人間をよく育ててくれたと思う。息子もよくしてくれて本当に有難いと思っている。この棟で付き合っている人は5人で多くは無い。ゴミの分別が代わったのでそれを機に他の人とも話すが、上は若い人が多いので知らない人が多い。友人たちと”しゃきっと生きようね!”とはなしてるんよ、と仰る花のように明るい人だったので、こちらがもてなしを受け、ボランティアをされている気分でした。

・ 70代男性、1人暮らし。中央区で被災。2階から飛び降りて足首を痛め、1週間ほど医者に見てもらった。奥様とは離れて生活していた。近くの老人公民館に避難していたお陰で食事や水は不自由しなかった。地震とは思ったが思いもよらず、暫くは呆然と周りを見回した。三軒先まで火が来たが、崩れた家は燃えなかったそうで、後で聞いた所によると付け火ではないかと言ううわさで、人の心の闇をのぞいた思いであった。4ヶ月ほど経ってポーアイの仮設があたって、そこから解体の仕事が回ってきてとても良い収入になった。それが2年ほど続いた。仮設にいるとき食中毒にかかり、福祉を頂ける様になった。田舎の奥さんがなくなり、7人兄妹も女2人を残して居なくなり、今は一人で生活しており左耳が殆んど聞こえない。ここにはもう11年入っているが、前立腺ガンで入院したり10年再発しなければ大丈夫といわれた。時々囲碁をしたりしているが余りしゃべられなくなり、人との対話は苦手である。仮設に居たときより寂しいという。私どもとは嬉しそうに話してくだった事が、大変嬉しかった。

以上


[1558] 第479(新生第37)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/03/02 00:42 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第35回目となった2月14日の訪問活動は常連となった少数精鋭の参加者によって行われました。2月としては暖かな好天の1日とあって,留守宅も少なくなく,訪問をお断りになる方もありましたが,いずれも私たちへの不信感や住民の方の体調不良によるものではなく,一安心でした。またご自身で「支援シート」を記入してくださったお宅もありました。もちろん長時間にわたってのお話し伺いも実現し,今回もまた有意義な訪問活動になりました。終了ミーティングで報告されたところから,簡単に紹介しておきます。全文を読む

  (中略)

また,神戸・週末ボランティア アーカイブズに,昨年の訪問活動の記録をまとめた「訪問活動概略;2008年」を加えました。

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1557] 第480回訪問

記入者:東條健司 最終更新日:2009/02/24 10:43 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第480回、被災者宅訪問支援
日時:2009年2月28日(土)午後1時〜6集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は参加者7名でした。

・ 80代、女性、一人暮らし。震災で頭を打ち、ストレスから毎日病院通いです。震災前までは風邪も引いた事が無いのにと思うと、今は誰もいない1人住まいで寂しい思いです。子宮筋腫を数年前とり肺がん糖尿病、この病気はストレスだと医者はいった。年も行ったせいか、肺がんは小さく固まったのでそれ以上治療はしていないが、ただ、ただ、1人ぽっちが淋しいと言われました。今低血糖で甘味を取り体を横にしていたので、中にはいって話しをしてもらえないがと、つかれていなければもっと話したそうでしたTELをみて電話下されば伺いますと言って別れました。

・ 70代、女性、一人暮らし。灘区で全壊。家は屋根瓦が崩れて全壊。近くにテントを張って親戚の者や娘夫婦と孫2人で過ごしていたがとても寒くて水もなく、近くの保育所に避難していた。どういう訳かここはパンとコーヒーだけ、時々炊き出しがあったので何とかしのげました。その孫娘さんは2人で3歳と5歳だったが、一人が訪ねてきており、話題に加わってにぎやかとなった。5回目で北区の仮設に私は当り、娘夫婦は神戸の方に当たりました。主人は56歳で亡くなられたそうです。私のほうは仮設が壊されると言うのでここがあてがわれましたが、夏わ暑く冬は寒く、便利がわるいとこです。バスは1時間1本で、自分の年金と主人の年金とで食べる事は出来るのでと元気に話して下さいました。今は骨そしょう、高血圧、メヌエル。また仮設にはネズミがたくさん出て気持ち悪かったと孫娘さんが言ってました。ただ元気な方で、肩に手を回して握手をしてでました。感無量でした。

・ 60代、女性、一人暮らし。震災の前の年の11月に舞子に引越した。長田に住んでいたので、もし引越ししなければ家具の下敷きになっていただろうと思う。ここには市営住宅の立替で入居した。平たい土地なので自転車で何処へでも行けて便利。偶然近くに親しい人がいて、入居して直ぐに出会えたので、割合早くこの地にもとけこめた。これだけコンクリートの建物が建っていると気が変になりそうで、実際に自分も救急車を呼んで日赤へ運ばれた。この棟は自治会が無いのでそれが困る。掃除にしても困ってる人を手伝うにしても話しが出来ない。ご自分は60歳代後半で、お元気で一人暮らしだけれど、今後年を取ったときの事を心配されていた。

以上


[1556] 第479回被災者宅訪問支援

記入者:東條健司 最終更新日:2009/02/08 23:02 [E-mail]
(HOST: 2-255-93-120.mexne.jp)

― つ ぎ は ―

15年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第479回、被災者宅訪問支援
日時:2009年2月14日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人1名で参加者9名でした。

・ 80代、男性、一人暮らし。震災の時は、朝早くから三宮の店に行っていた。自宅は住める状態だった。インタホーンごしに話をするとすぐにドアを開けてくれ、部屋の中に入れてくれた。歩くのが少しご不自由のようだったが、椅子を持ってきてくれ、テーブルに座りゆっくりお話ができた。この県営住宅は単身シルバー専用の住宅だ。6畳の部屋と2畳ほどの板張りの台所がある。週2回ヘルパーが来る。食事も洗濯も自分でやる。荷物がないから散らかしようがない。どこもこんなものでしょう。女房が10年ほど寝込んでいたので自分で家事をやり、介護もしていた。月に2回、医院から往診に来てくれる。心臓病の薬を一日三回のまされているが、朝しか飲んでいない。残った薬はほかしている。薬を飲みすぎるとくしゃみがして調子がよくない。一日一回でも健康だ。2、3年前女房が死んだ時、大家から出て行くように言われ、区役所の職員とも相談し、ここに応募した。この部屋しか空いていなかった。運がよかった。県営だから全県から来るので、知り合いもできないし、ほとんど部屋を出ない。近所との交流がまったくない。家にいてテレビを見るくらいだが、面白い番組が少なくなった。ここに来て部屋の中で2回転んで骨にひびが入った。そういうこともあり、できるだけであるかない様にしている。出るときは歩行器をおして歩く。一六歳の時、赤羽の工兵隊に入った。兵隊検査は甲種合格で中国の南京に行き、その後南方の(リン鉱石の島)で終戦を迎えた。引き揚げの時、船の炊事当番だったので日本についたら食料品を持ち出そうと思っていたが、神戸のドックに入ったとき船員が全部持ち出した。晩酌は毎日2合と決めている。以前は1升平気で飲んでいたが。まったく身寄りもなく、天涯孤独のみだ。(机の上には週ボラの「今週の資料」が置いてあり、はじめから話す気で部屋の中に招じ入れたようだ。)とても貴重な時間を共有した。

以上


[1555] 第478(新生第36)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/01/27 19:49 [WebSite]
(HOST: 002-W-HBYA.w-lan.jp)

2009年最初の訪問活動は,1月の第2土曜日を「震災被災者とボランティアの集い」にあてたため,第4土曜日の1月24日となりました。新生週末ボランティア第35回目となったこの日の訪問活動は,暖かな好天の中で行われました。先日の集会に来た,復興住宅で他のヴォランティア活動を行っている学生が,訪問活動にはじめて加わってくれたほか,人生の大先輩の初参加を得ました。

こういった方々の前では,従来訪問前レクチャーで行っているような「今週の資料」の棒読みのごときは不要であるばかりか,かえってかかるレヴェルに落とし込めるようで失礼に当たるのではと思われるほどでした。そこで「復興住宅訪問活動について」などを読んでいただいたのち,HAT神戸・脇の浜復興住宅現地へ出発しました。 全文を読む

  (中略)

※今回配布された「今週の資料」に収録されている前回までのお話し伺いのまとめのうち,問題あるものを指摘し,不適切なものについては公表しない旨確認しました。あわせて「訪問活動のまとめから 〜2009年の初めにあたって」において指摘したものについても,不適切であることを再確認しました。

新世紀の「週末ボランティア」訪問活動篇・3で昨2008年夏以来のHAT神戸・脇の浜住宅の訪問活動の報告を掲載しており,今後も随時追加・更新してゆく予定です。

また,去る1月10日に行った「震災被災者とボランティアの集い」の報告を「新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2」に掲載していますので,こちらもあわせてご覧ください。

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に,最新の活動報告と貴重な記録が出ています。ご覧ください。


[1554] 2008/12/27初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2009/01/20 22:12
(HOST: cb8ae1-127.dynamic.tiki.ne.jp)

★T.Yさん:ボランティアの人や家にお邪魔させて頂いた方の話しがいろいろ聞けてよかったです。傾聴の難しさがよくわかりました。ボランティアの人と一緒に歩いたときでも、会った人に挨拶をし、立ち話をしたり、週末ボランティアを心待ちにしている人が寄ってきたりと、週末ボランティアを必要としている人がいると強く感じました。また参加して、被災者の悩みを傾聴し、サポートできるようにしたいです。


[1553] 次の週ボラ、478回

記入者:東條健司 最終更新日:2009/01/19 22:56 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。
第478回、被災者宅訪問支援
日時:2009年1月24日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人2名で参加者8名でした。

・ 70代女性、1人暮らし、中央区で被災。自宅は住めた。1時間ほどの上がりこみ。復興住宅へは入居2,3年。うつ病の薬を飲んでおり、記憶がはっきりしない。震災後、ご主人と喧嘩し、今は協議離婚。息子が暴力をふるい、生活費を持ち逃げされた。今は生保。以前は年末、貯金が少したまったが今はほとんど残らない。(神戸市では04年度から市単独の見舞金がなくなった。夏6300円、冬7600円の合計13900円。その外生保では正規の年末一時扶助1万円?ほどがある。その外老齢加算が全廃になり1万数千円が削減された。高齢者の場合そうとうな生活扶助費の削減である)どうなっているのでしょうか。教えて欲しい。腰が悪く、障害1級だ。毎日、ヘルパーに来てもらっている。これまで1日2時間だったのが1時間半に減り(介護保険の生活支援は1時間半に削減された)、買い物だけで、料理する時間がないので、いつも出来合いのものばかりだ。栄養も偏る。腰で整形病院に通院している。灘区のデイケアサービスにも行っている。ここの住宅にもデイケアがあるが器具がなく、リハビリができない。一人で不安だ。今日は話ができてうれしい(と言って若い女性の顔を触ったり、拝んだりされた)。誰とも話していない。12階に一人話ができる人がいるだけだ。35年ほど前に神戸に来た。生まれた北九州の小倉。物忘れがひどくなった。薬のヘルパーさんに1回ごとに分けて小さなビニール袋に入れてもらっている。書類もこのケース(テーブルの上においてあった)にいれて保管している。今日が何日か分からなくなるので、カレンダーに毎日斜線を引いて消している。何かあったら、連絡してもいいですか。(週ボラのチラシを再度渡し、東條さんの電話番号を赤いボールペンで囲った)帰るとき足が不自由だが、ドアの外まで見送られ、何べんも握手をし、別れを惜しまれた。

・ 70代夫婦2人暮し,中央区で全壊。都心近くの商店街で長年家具屋を営んでいて,今もご主人が製作した,長年大切に使われてきた数多くの家具に囲まれて暮らしている。店の跡地を月極駐車場にしているが,周囲がさびれていて,空きが出ると次がなかなか決まらない。避難所での最初の夜は気が張っていて寒さを感じなかったが,次の夜は寒さで震えが止まらなかった。ポートアイランドの仮設住宅では,いろいろな人に助けられてありがたかったが,夏の暑さ,ベニヤ板のホルマリン,大きなネズミが動き回る物音などに悩まされた。4年前に脳梗塞で倒れ右半身が不自由となり,外出することがいっそう少なくなったご主人にお話し伺いをしていたところに,買い物から帰ってきた奥さんが加わり,新聞2社の取材が入りながらの,2時間半余りにわたるお話し伺いとなった。

以上


[1552] 第477(新生第35)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/01/09 19:24 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第35回目となった12月27日の訪問活動は,雪も降った前日とはうって変わって,好天の中で行われました。日にちの関係で,クリスマスもルミナリエも終わった後での,年末も押し迫った,2008年の締めくくりらしいものとなりました。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。
新世紀の新世紀の「週末ボランティア」訪問活動篇・3で昨2008年夏以来のHAt神戸・脇浜住宅の訪問活動の報告を掲載しました。


[1551] 訪問活動のまとめから 〜2009年の初めにあたって

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2009/01/09 19:25 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

このところ,毎回の訪問活動の充実ぶりが目を見張るものであることは,今更繰り返すまでもないことですが,それによって「お話し伺い」の内容集約のあり方にも工夫と注意がよりいっそう求められるといえるでしょう。

全文を読む

  (中略)

12月27日の訪問活動に先立って参加者に配布された「今週の資料」に掲載された,13日の「お話し伺い」のまとめひとつに,以下のような箇所がありました。

「今は生保。以前は年末、貯金が少したまったが今はほとんど残らない。(神戸市では04年度から市単独の見舞金がなくなった。夏****円、冬****円の合計*****円。その外生保では正規の年末一時扶助1万円?ほどがある。その外老齢加算が全廃になり1万数千円が削減された。高齢者の場合そうとうな生活扶助費の削減である)」

具体的な数字は引用者が省略しましたが,これもプライバシーに関わるからです。一般的な他の情報からも概略をうかがい知ることはできますが,それ以上に踏み込むべきとはいえません。

ここで繰り返し「生保」なる語が出てきます。これは一般的には生命保険のことを指しますが,ここではそうではありません。生活保護のことを指していると考えられます。こういった使い方をするのは,管見の限り,特定の政治集団に特有のものといえます。それがどのような集団であるかについては,以前指摘したことがありますのでここで繰り返しませんが,まさにこれはセクト用語とでもいうほかない代物です。なにがしらの政治的意図を持ってなされたものであるという点でも看過できません。

2009年の神戸・週末ボランティアの活動は,既報の通り,1月10日の集会から始まりますが,1月10日は1835年に福澤諭吉が誕生した日です。福澤の人材育成や啓蒙は「独立自尊」を目指したものであり,その政治姿勢は一貫して「不偏不党」であったといえるでしょう。これは,被災者の中に尊厳を見いだすことが求められ,訪問に先立って「宗教や政党など全く関係の無い民間の」とうたっている私達神戸・週末ボランティアに通じるものです。

新たな年の活動に際して,しっかり想起しておきたいものです。

(後略)


[1550] 14年目の「震災被災者とボランティアノ集い」

記入者:東條健司 最終更新日:2009/01/04 14:22 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

下記のような催しをおこないます。週末ボランティアは月2回の被災者宅の訪問を繰り返していますが、年に1度の震災被災者とボランティアの集まりをもっています。ぜひお出でください。

1.17を記憶して、今は亡き人を偲び
今日までの犠牲者と帰らぬ人を思い
 明日からの被災者をみんなで考える

震災被災者とボランティアの集い

2009年(平成21年)
1月10日(土)2時〜5時

  もうあれから14年が過ぎました。
いろいろな事があったこの14年を、ゆっくりと想い起してみましょう。皆さんのお出でをお待ちしております。

場所:HAT神戸、脇の浜
  8番館108号室 (倉谷志之武さん宅)
時間:午後2時〜5時……まで
  
  おこないます。お喋りをしに来て下さい。気軽にお越し下さい。普段着でお出でください。

主催 週末ボランティア

    神戸市須磨区友が丘7−154 東條健司 代表


[1549] 太田さん

記入者:東條健司 最終更新日:2008/12/23 01:25 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

こんにちは

毎年1.17には市役所でお会いできますね。
今年は10日に、追悼と討論会を、午後2時〜5時まで、被災者宅で行います。HAT神戸です。良かったらいらしてください。
脇の浜の8棟の1階の108です。倉谷さん宅です。

17日には、午後には、市役所前に行ってます。
逢える時までお互い元気で。
ではそれまで。


[1548] 477回

記入者:東條健司 最終更新日:2008/12/23 00:55 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第477回、被災者宅訪問支援
日時:2009年12月27日(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人2名で参加者12名でした。

・ 80代女性、一人暮し、東灘区で被災。玄関に通じるふすまが開かなかったので、窓の鉄格子の間から辛うじて脱出。高知の実家に避難したが兄夫婦に気兼ねしてまもなく神戸に戻ったら、避難中に自宅が解体され、家財道具などを持ち出せなかった。戦中から戦後にかけて、洋裁の内職で徹夜したり、自分の食べる分がなくても子どもに食べさせたりするなど、苦労しながら5人の子どもを育て上げた。そうした経験から「自由とわがままの違いが解っていない」など、「今の家庭教育はなっていない」と厳しい意見も。内職で貯めたお金も夫の葬式代で消え、今は年金だけで暮らす。腰を痛めて外出に歩行器を使う以外は、長年病気知らずで、顔色や肌のつやなど、その年齢とは思えないほどのお元気さだが、家族でにぎやかに過ごした日々を懐かしみ、「このごろしんどい」と、自立生活の継続に不安をのぞかせる。

・ 60代女性、夫婦2人暮し。兵庫区で被災全壊。揺れと同時に子犬を抱いて立ち上がると同時に今寝ていた場所に家具が倒れてきた。子供が2階から叫ぶ。ご主人は無事だ。左隣の家は人が埋まっている。小さな鋸を出したが適わない。右の角の家は親子3人が母親に抱かれたまま亡くなった。メモを取らずに聞いてたために、記憶は正確ではないが、1時間半のお話しは、地震2年後に脳の病気で倒れてからご主人がしゃんとなられ、今日までやってこられたこと。人の命の大切さなどのお話しでした。
                                      以上


[1547] 12/13初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/12/19 21:17
(HOST: cb8ac9-025.dynamic.tiki.ne.jp)

★T.Sさん:十人の人がいれば、十通りの人生のドラマがあります。これからもこのボランティア活動を必要としている方々のもとに、どんどん足を運んでいきたいと思います。

★鈴木理紗さん:聞き上手になるのはなかなかむずかしいですね。話を聞いてもらえるだけでありがたいと言って下さる人もいて、それだけでも人の役に立てるのかも知れないと思いました。


[1546] 懐かしいお名前が

記入者:太田和実 最終更新日:2008/12/16 22:01 [E-mail]
(HOST: ntngno107215.ngno.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp)

清重さん今晩は、松本の太田です。来年の1.17は、10日位から、伊丹昆陽池にいる予定です。東條さんにも会えると、うれしいですね。


[1545] 第476(新生第34)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/12/16 00:49 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第34回目となった12月13日の訪問活動は,終日12月とは思えないほどの暖かな好天に恵まれたなかで,初参加者や最近になって参加するようになったメンバーに加え,マスコミ3社が同行取材して行われ,長時間にわたっての「お話し伺い」も多く,質・量ともに充実したものになりました。 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1544] 09年1月集会私案

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/12/13 08:59 [WebSite]
(HOST: softbank220012234088.bbtec.net)

阪神・淡路大震災 追悼と討論の集い2009 14年目の被災地から

それぞれの被災,それぞれの難儀 〜「後期高齢者」も「アラフォー」もたいへんや〜

 神戸・週末ボランティアでは,「1.17」に先だって,これまでの訪問活動を顧みて問題提起を行うとともに,被災者・市民・ボランティアの交流の機会をつくりたいと思います。

 また約1年後に訪問活動500回を迎えることとなるなかで,被災地の復興,被災者の生活再建を,ともに展望していきたいと思います。

・黙祷

 私たちの活動で忘れてはならないのは被災者の中に尊厳を見いだすことです。それは,生きている方からのお話し伺いを通じて,犠牲となった方に思いをいたすことでなされるものであることを,はじめに一同で確認したいと思います。

・基調報告

 2008年週末ボランティアの活動報告

 2007年に活動体制刷新についての抜本的な取り組みをって以来,原点に立ち帰り,新生週末ボランティアとして再出発しました。虚心坦懐に「お話し伺い」を続ける中で得た,今日的意義と課題について考えていきたいと思います。

・問題提起

それぞれの被災,それぞれの難儀
〜「後期高齢者」も「アラフォー」もたいへんや〜

 私たちが復興住宅への訪問活動−「お話し伺い」を続ける中で,さまざまな,深刻化する情況に遭遇します。しかもそれは特定の層に限らず,さまざまな世代が,さまざまな難儀をしてきているということです。

 たとえば,「後期高齢者」(75歳以上)は,被災当時からすでに高齢者で,他の世代にもまして,「自助努力」に困難が伴い,サポートのニーズが高かったといるでしょう。またこの世代は,相次ぐ負担増を,これまで求められてきた上に,さらにそれに追い打ちかけるように強いられながらも,それに抗する術が,その下の世代(「前期高齢者」など)以上にとりにくくなっています。

 現在「アラフォー」な世代(40歳前後)は,震災当時にその年代であった世代とともに,「セイフティーネットから漏れ」,ヨリいっそうの「「自助努力」を強いられ」ながら,かかる情況を理解されないまま,抱え込むことが多く,今なお生活再建を果たせぬまま呻吟し続け,さらには家族もろとも苦闘している,深刻なケースもあるといってもいいでしょう。

 それぞれの世代の被災者が,それぞれの難儀を抱え苦闘してきたことに今一度思いをいたしていくことの必要性と重要性を,改めて痛感します。

・自由討論と交流

 被災者のナマの声を伺い,また,ボランティアが平素の復興住宅訪問活動において続けてきた「お話し伺い」のなかからレポートし,被災地・被災者の現状についての理解を広げ深めながら,被災者間,被災者とヴォランティア,その他参加者との交流をつくり出したいと思います。

・閉会あいさつ

 訪問活動500回に向けて

 昨2008年最後の訪問活動で通算477回を数えており,約1年後には訪問活動500回を迎えることになります。本集会の最後に,これをも展望しつつ,この1年間の抱負と決意を明らかにしたいと思います。


[1543] 神戸・週末ボランティア再生プロジェクト2008

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/12/13 08:55 [WebSite]
(HOST: softbank220012234088.bbtec.net)

2008年のたたかい〜再生プロジェクトへ

神戸・週末ボランティアの否定的現状を憂い,東條健司代表の不退転の決意を受けて始めた「「「週末ボランティア」正常化闘争」は,2008年において,新たな情況の変化に対応しつつ,「「神戸・週末ボランティア」再生プロジェクト」として継続し,さらなる展開を遂げた。

基本中の基本

神戸・週末ボランティアの「正常化」とか「再生」という場合,何をもってそういうかが問題である。それは,活動に参加し担う側の立場・視点で,活動内容の充実や資質向上をもってメルクマールとするものであるとともに,復興住宅訪問活動を通じて「お話し伺い」をさせていただく被災者・市民からみて,心を開き,信頼関係を構築しうるものとなることが求められる。そのあり方を端的に示すならば,訪問予定のお宅に投函する予告チラシにおいてうたっているように「宗教や政党など全く関係の無い民間のボランティア団体」として活動・行動することである。当たり前のことを当たり前にする,基本中の基本といっていいものであり,その現実化こそが,正常化−清浄化さらには再生プロジェクトにとっての当面する最大の課題であるといわねばならない。

 全文を読む。以下項目のみ。

訪問活動450回記念 追悼と討論の集い

政治的・党派的利用,行政当局の手先化策動を粉砕
翼賛運動への転落を“宣伝”!?
ここがおかしい!「生活保護の運用に関する要望書」」
介入者の実態と正体

新たな訪問先へ

2008年週末ボランティア総会

新ウェブサイト構築

2008年の総括と2009年への展望
蟹工船
後期高齢者
アラフォー


新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1542] 11/22初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/12/07 21:41
(HOST: cb8ae1-143.dynamic.tiki.ne.jp)

★広沢久美子さん:とても大きな心の傷を負っている方の心のケアは大変むずかしいと感じました。ただ、このような活動はボランティアだからできたことだと思います(第三者だから言ってもらえることがある)。話を伺う事で自分が誰かのために役に立てる形をみつけた気がします。

★M.Kさん:初めて参加して正直最初とまどいがありましたが、皆さんに色々教えていただいて参考になりました。また、お話をお聞きした方から、未だに残る問題が多々あることを感じました。

★A.Uさん:1時間半もの長い間話を聞かせて頂き、参考になりました。

★鵜澤治光さん:震災後13年が過ぎて、皆さん思い出したくないことも多い反面、閉じこもってはいないと感じた。参加して体験談を聞くことが出来て感動しました。どこまで入って聞いていいのか、むずかしかった。

★門脇朱美さん:訪問したお宅はみんな留守で、ちょっと残念でしたが、最後に上げていただいたお宅で色々なお話を聞かせてもらって楽しかったです。とても魅力的な方でした。「ハコモノばかりでなく、地域に根ざしたモノを−」と言っていたのが、今後生かせたらなぁと思いました(by 建築意匠屋の卵)。


[1541] こんにちは智子さん

記入者:東條健司 最終更新日:2008/12/05 15:59 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

こんにちは。
智子さん。

お子さんはさぞかし大きくなられたでしょう。
いつも気に止めてもらってありがとう。

たまには子ずれでも一緒にお出でください。
きっと素晴らしい体験になります。

14年目の被災地は、あの時と同じに
貴方の感性を待っています。


[1540] 476回週ボラ訪問  

記入者:東條健司 最終更新日:2008/12/05 15:22 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第476回、被災者宅訪問支援
日時:2008年12月13日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人5名で参加者12名でした。

・ 60代女性、兵庫区で被災。全壊。表札の出ていないお宅のドアホーンを押すと、出て来られた女性は一部の週ボラのメンバーと今でもお付き合いのある方だった。震災では住居も店も全壊、その後2度の大手術を乗り越えられた今、こうして自分が元気で、ご主人も働きながら旅行や趣味で楽しんでくれているのは幸せだとおしゃていた。近くで孤独死があったとき、自分がその人に何もして上げられないのが口惜しくて、残念だと言われる。こえかけは大事だと言われる。声をかけられた人は、パァと明るくなる。再訪を約して、90分のお話し伺いを終わる。

・ 50、60代のご夫婦。兵庫区で被災。若いときはタクシーの運転をされていた。おかげで色々の人と合い、人嫌いになり、余り人と話すのは得意でない。夫婦で散歩する事もあるが、奥さんのほうが早足なので最近は別々に散歩する。ベランダと玄関入り口には綺麗な草花が一杯。しあわせの村の近くにいましたが、早くここに越した。お子さん2人近くに住んで安心のようです。

・ 80代の女性、灘区で全壊。2階建ての長屋の2階にいたとき。朝まだ布団の中にいたら、どんっときて1階に2階が落ちた。1階の人は亡くなった人もいた。近くの学校に敷布団と掛布団とを担いで避難した。布団のない人が私も入れてというし、断れないので1組の布団で女性ばかり5人で寝た。ここへは、その学校から5回目の抽選に当って入った。仮設住宅というのは避難した学校の校庭で、そこで煮炊きも出来ないから、出来合いのものや弁当を買ってきて食べたりしていた。旦那さんは1年前ほどに亡くなって、今は一人暮らしなので、ご飯の用意もしなくていいし気が楽。二十歳で結婚して50年。主人は朝家を出たらいつ帰ってくるかわからない人だったので、自分もあちこちの病院で働いた。朝テレビを見て、1日の出来事がわかったら、後は何もしない。新聞もどこの新聞とらない。子供は2人。7歳違いの姉は頭が良いので羨ましい。友達が多い。それは人の気持ちが判るようになったから。明るい年には見えない方。

・ 70代の女性。灘区で全壊。血圧が高い意外は病ナシ。お孫さん所へ色々買い物してゆくのが楽しい。そして今が一番楽しいような気がすると、明るく喋ってくださり、こちらまで嬉しくなりました。

                                      以上


[1539] 久しぶりです。

記入者:清重智子 最終更新日:2008/12/02 22:58
(HOST: 58-188-176-192.eonet.ne.jp)

こんにちわ、久しぶりです。仮設訪問時代、ボランティアに参加してました。東條さんも、原君も、元気で、がんばってますね。
仕事がら、時々、ホームページをのぞいたりしてますが・・、皆様、本当に頑張って、続けているのには、頭がさがります。原点にもどらな〜って、感じですよね。身がひきしまります。HAT神戸は、1度も行かなかったですね、でも、仮設住宅の訪問で、HAT神戸に、決まったのよ〜と、言われていた方たちは、元気に住んではるかなあって、思います。復興住宅も10年になるけれど、うちの、利用者さんからも、震災前に住んでいた所での、生活がよかったと聞くことがあります。震災の日が、近づくと、震災の話になるし・・・、たかだか、10年以上たったとはいえ、まだまだ、いろんな問題があると思うし、震災までの生活の方が、まだまだ、長い時を過ごしているのだから、まだまだ、これからも、頑張ってつづけていかなあかんなあって、思います。これからも、皆様、体にきをつけて頑張ってくださいね。


[1538] 第475(新生第33)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/11/26 18:44 [WebSite]
(HOST: 006-W-HBYA.w-lan.jp)

新生週末ボランティア第33回目となった11月22日の訪問活動は、多くの初参加者を交えて行われました。彼らは、その創業者夫妻が、芸術家や革命家らを支援したことで知られる、東京を中心に食品業を展開する企業の社員で、「社会貢献」の一環として、関西地方の事業所に勤務する社員がヴォランティアを体験し、それを社内報で紹介するべく広報担当者が同行取材するというものでした。

紅葉の名所に多くの観光客が出かけるような、好天の3連休の初日とあって、留守宅の多さも懸念されましたが、昨年同時期に比べやや高い在宅率の中、お部屋にあげていただいて長時間のお話し伺いを実現しました。また、以前のHAT神戸・脇の浜住宅への訪問活動以来、一部の参加者が交流を持ち、前回の訪問活動で再び訪問させていただいたお宅に、今回も初参加者とともに伺って、一同で記念写真を撮影するなど、ヴォランティアと住民・被災者の方との交流をさらなるものにしました。

今回もまた「毎日新聞」の同行取材があり、活動当日の予告・紹介が掲載されたのに続き、翌23日の神戸版朝刊紙面では写真入りで掲載されました。各紙とも来る「1.17」に向けて特集記事に取り組んでいるところですが、平素の訪問活動に同行し、ヴォランティア参加者と同じ視線で捉えて記事にしてもらえることは、おおきな力添えになるものです。

阪神大震災:週末ボランティア、きょう訪問活動 /兵庫
阪神大震災:週末ボランティア、被災者の聞き役に 一人暮らし女性「寂しい」 /兵庫 

 全文を読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に、これまでの活動の記録や最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1537] 475回週末ボランティアご案内

記入者:東條健司 最終更新日:2008/11/15 14:37 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第475回、被災者宅訪問支援

日時:2008年11月22日(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人1名で参加者5名でした。


・ 80代男性、中央区で被災。労働組合の組合長を12年やって、会社にいうべきことを言い続けてきた。息子さんやこの復興住宅に駐在するヘルパーさんが、低賃金で不安定な雇用にあるので「今の若者はかわいそう」。高齢者が多い住民にはとりわけ「言葉をかけることが大切」。住宅入口前のベンチに座り、住民の方と談笑する中でお話しを伺う。

・ 70代女性、一人暮し、東灘区で全壊。助け出されるまで6時間ぐらい生き埋めになっていた。京都府の息子さん宅に避難、走る電車を見ると「あれに乗れば帰れるのに」と涙が出た。北区の仮設住宅では、寒い冬に風呂の湯が冷えたり凍結した水道管が破裂したりして困ったが、周囲の人やボランティアの優しさが救いだった。戦後の引きあげで苦労したので、震災のときは落ち着いていた。震災前からのリウマチに加え、近年はさまざまな病気を抱えている。昨年、バス停で遊んでいた子どもがぶつかってきて骨折、骨がつきにくく今年再入院、今もリハビリが続く。ご自身で記入された支援シートをもとに、住宅前のベンチでお話しを伺う。


以上


[1536] 11/8初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/11/10 21:46
(HOST: cad4e6-014.dynamic.tiki.ne.jp)

★坂田成子さん…「1回だけでも 初めてでも」というホームページの言葉に励まされて参加しました。最初に訪問した方は、お家の中で90分も話して下さり、でも前向きな方でホッとしました。ただひたすら話を聞くというのはとても難しいことでしたが、こうして少しずつでも声を掛け合うことが大切なのかもしれないと感じました。


[1535] 第474回週末ボランティアのお誘い

記入者:東條健司 最終更新日:2008/11/03 15:20 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第474回、被災者宅訪問支援
日時:2008年11月08日(土)午後1時〜6時
集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人1名で参加者8名でした。

・ 60代夫婦。東灘区で被災。東灘区の仮設住宅で4年程過ごしたが、周りの方々が仮設を去り、
 最後の住人となって、仕方なく越してきた。以前は大型バイクに乗っていたが、6月にケガを
 したため、活動範囲も狭まり、友人が少なくなりつつあるのが寂しいと。

・ 70代男性。中央区で被災。その後ポーアイの仮設へ行き、ここへは10年前ん入居。一人暮
 らしだが、散歩に励むなど、元気に生活されているご様子。

・ 70代男性。中央区で全壊。被災直後は小学校に避難したが、風邪をこじらせ入院。入院した
 ことで、避難所での苦労は少なくて済んだと。その後、息子さんと二人暮らししていたが、息
 子さんのご結婚を機に入居。バイクに乗って買い物や、ポーアイの息子さんの住まいに遊びに
 いくなど、お元気な様子。腫瘍の手術で夏に入院したものの、ヘルパーさんなしで暮らされて
 いる。洋服の仕立て業を営んでいたが、震災で失業。幼少期から足を悪くしていたこともあり、
 新しい仕事に取り組めなかったと。地震は人生を狂わすと話される一方、全てを震災のせいに 
 してはいけないともおっしゃられ、前向きに暮らしているご様子が伺えた。約1時間程の上
 りこんでのお話伺い。

・ 60〜70代男性。灘区で被災。ご自宅は無事だったものの、震災後の周囲の家屋の改修・撤去
 工事の際、重機が誤って家屋の一部を撤去。市側へ申し出るも、何ら補償してもらえず。震災
 直後は、大変な方ばかりで、諦めざるを得なかったと。しかし、生きる上では色々なことがあ
 る、いま、食べていければそれでいいと、達観したご様子。波乱万丈の半生をお話いただき、
 1時間半のお話伺い。
                                      以上


[1534] 第473(新生第31)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/10/31 23:23 [WebSite]
(HOST: softbank219002183033.bbtec.net)

新生週末ボランティア第31回目となった10月25日の訪問活動は、暑すぎも寒すぎもしない、秋の過ごしやすい気候の中で行われました。そのため、住宅の前のベンチで、住民同士で談笑する中で、あるいはご自身で記入された支援シートをもとにしてのお話し伺いもありました。散らかっているなど、家の中に招き入れるのはちょっと…という事情ながらも、私たちヴォランティアに話したいことがあるということでもありました。

このほかにも上がり込んでの長時間にわたるお話し伺いや、短時間ながらも簡単な安否確認もあり、具体的な支援ニーズはともかくとして、いずれも私たちヴォランティアに信頼と期待をよせてくださっていることを、肌で感じさせてくれるものでした。

今回も、終了ミーティング時に、久しぶりに顔を出した古い参加者の姿がありました。特定の参加者に、週末ボランティアの活動以外の用があってのことのようですが、かかるものとのけじめを厳に求めるとともに、せっかく来たのですから、訪問活動に参加したメンバーの報告などを聞きながら、この間の週末ボランティアの活動の資質向上や、被災者・市民との信頼関係の構築への取り組みについての理解を、少しでもしてもらいたいところでした。

週末ボランティアの活動以外のとのけじめという点では、9月13日の第470(新生第28)回訪問活動においても看過できないものがありました。訪問活動の便宜を図って場所を提供してくださっている住民の方のお宅で、初めての参加者との交流をしていたところ、自らが所属する党派の機関紙を何人かの参加者に配布し、ちょうど撮影しようとしていた記念写真に、あたかも自らも参加者に一員であるかのごとく収まろうとした者がいました。

去る7月の2008年週末ボランティア総会でも確認したとおり、また「復興住宅訪問活動について」でも述べたとおり、私たちは、訪問予定のお宅に投函する予告チラシにおいて「宗教や政党など全く関係の無い民間のボランティア団体」とうたっています。少なくとも活動の全過程において、かかるものとして行動することはもちろんのこと、李下に冠を正すがごとき行動も禁物です。

信頼関係の構築がお話し伺いの大前提であり、活動の基本であることを、今一度確認したいと思います。 続きを読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1533] 第473回訪問のご案内

記入者:東條健司 最終更新日:2008/10/18 21:17 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第473回、被災者宅訪問支援
日時:2008年10月25日(土)午後1時〜6時集合場所、
時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人1名で参加者9名でした。

・ 60代女性、伺った際、元気な大きな犬とともに出迎えてくださった。この犬とは震災前から連れ添っているということだった。旦那さんは結婚後から約20年間病の後遺症により半身不随で、自力では生活していけない状態であった。震災の際には痴呆症状も見られた。約二年前に肺炎を患いお亡くなりになった。その20年間誰にも頼ることなく付きっきりで介護をされた為、外との接触はほぼ無かった。現在も買い物、犬の散歩、通院以外は外に出ない。旦那さんがお亡くなりになってさみしいですか?の問いに、一人で読書を楽しみ、夫の世話に煩わされない自由で気ままな生活を送れているので満足だとお答えになる。誰とも関わらない生活を送られているということで多少気がかりではあったが、顔色が良く生き生きしてらっしゃり、しっかりした強い女性だと見受けられたので少し安心した。

・ 60代男性、東灘区にて被災。一人暮らし。訪問を告げるとニコニコ笑って家の中へ。震災の時は居酒屋を経営。商店街は鉄骨作りが多くて殆んど崩れなかったが、近所でも木造の旧家が全壊し、梁の下敷きになり亡くなられた方が見えた。震災が起こるまでボランティアなんて、と思っていたが、それは誤解だった。また「ありがとう」を本当の意味で「ありがとう」と言っているのを聞いた。ボランティアはやらないと意味無い。居酒屋を再開するタイミングに悩んだ。JRの開通をキッカケに開業したが、被災して困っている人がいるのに何で開業するんだと言われると思ったら、店に集まってくれたお客さんが元気になったと言ってくれてよかった。震災後しばらくして脳梗塞で入院・商売も廃業。入院中に医師が生活保護の書類を整えてくれた為、退院後直ぐ手続き。昔は軽音楽をしたこともあり、あの宝塚の大舞台にもたったと、レコードのジャケットをみせ、いまも英語の歌詞カードを作ったり、多趣味のご様子。歓迎されて1時間半ほどの訪問となった。

・ 70代女性、一人暮らし。インターホンを押しているときに帰ってこられた。最初は、ボランティアには用がないと話されたが、被災地だけでもと聞き取り、訪意を告げると中へ招き入れていただいた。六甲で被災。避難所生活の後、ポーアイの仮設で3年間暮らす。ここへは4年前に入居。被災直前まで、スナックを経営。おいしいコーヒーをごちそうになった。今でも元気な様子で自転車で三ノ宮まででかけられることも。ただ、あんまりお客さんもないから、今日は来てくれてありがとうと話してくださった。30分程度のお話伺いのあと、握手をして別れた。

・ 70代後半男性、夫婦。兵庫区にて文化・借家全壊。妻は震災以来、身体の具合がおかしくなり、4年目に入院以来今日に至ります。薬がなく、ただ入院して死期を待つ状態です。ここは5年目に当り引越してき、それまでは被災地を転々とし、そのため妻はすっかり体調を崩してしまいました。私は幸い勤め先がありましたので何とかなりましたが…その勤め先も先日退職、今は後片付けの為、週3日ほどでています。(留守、書置き)

・ 70代女性、1人暮らし。中央区で全壊。ヘルパーさんの後、女性が出られて、ドアの取っ手を持ってようやく話しが出来る。震災の時は大変でした。何ももたずに飛び出した。気がついたら青い空が見えた。近くの小学校に避難した。ここへ入居してから身体が悪くなり、エレベーターの前え行くにも2〜3歩しか歩けないようになった。家族は弟がいたが病気で亡くなって私1人。向の棟やこちらの棟の人が親切で助かっている。

・ 70代女性、夫婦暮らし。中央区で全壊。倒れてきた物で怪我をした。避難所に入れず、マンションを借りた。震災前は若かったが、年を取ってきて悪い所が出てきて、それが気がかりです。今日も気分が悪いので寝ていた。この建物の周りの植物の世話を2〜3人でしている。春にはあじさいが見事です。良かったら見に来てください。

・ 70代男性、夫婦暮らし。須磨区で被災。住めない事はなかったので住んでいたら、役所が危ないから出てくれというので、東灘のマンションを借りて引越した。今後の事では、やはり心配なのはお金のことと健康の事。糖尿病と高血圧があり、毎日のように点滴をうけている。楽しく2人で暮らしていけたらと話された。笑顔のすてきな方でした。


[1532] 10/11初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/10/15 22:21
(HOST: cb8ae1-025.dynamic.tiki.ne.jp)

★和田安子さん:三連休のためか不在の方も多く、お話を聞かせていただける人が少なく、残念でした。お話しさせていただけたお方は、楽しく笑顔もさわやかで、いい出会いが出来たとうれしく思っています。先輩のボランティアさんに感謝いたします。これからもどうぞよろしく。


[1531] 9/27初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/10/05 21:02
(HOST: cb8a1a-081.dynamic.tiki.ne.jp)

★S.Nさん:被災者の方々から、どの程度お話が聞けるだろうと思っていましたが、お二人の方が快く応じて下さり、率直な印象としては「意外」でした。話し相手がいない方がたくさんおられるのだろうということがよく分かりました。ただ、本当に孤独なのは、インターホンに応じて頂けない方々なのではないかと思うと、難しいものを感じます。せっかく話して下さる方とは、時間制限なくいつまでもお話していたいと思いましたが、おそらくそれが活動の趣旨ではないのでしょう。その点、大きなジレンマを感じました。参加させて頂いて本当によかったです。

★Y.Hさん:参加してみて、思っていた以上にこのボランティアの需要があることに驚きました。ただ、今日訪問した方々に、これから何もできないのかと思うと、無力感を覚えました。


[1530] 472回訪問のお誘い

記入者:東條健司 最終更新日:2008/10/04 14:51 [E-mail]
(HOST: zaqd37c75de.zaq.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第472回、被災者宅訪問支援
日時:2008年10月11日(土)
午後1時〜6時集合場所、
時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  
訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人2名で参加者8名でした。

・ 80代夫婦。灘区で全焼。しあわせの村の仮設で過ごした後、建て直した灘区のご自宅に戻り、6年前に越してきた。ご夫婦共に趣味に熱心で、奥様は絵画、ご主人は、時代物やサスペンス物の読書と、お好きなことに熱心で元気に暮らしている様子が伺えた。

・ 70代夫婦。灘区で全壊。東灘区の仮設を経て、残り2,3軒のときに抽選に当選した為、9年前に越してきた。三宮まで徒歩20分の便利な立地に感謝していると。食事はご主人がされており、仲良くお暮らしになっているご様子。毎日「ありがとう」の言葉を唱えて、幸せに感謝しているとの言葉が印象に残った。

・ 60代男性、70代女性夫婦。灘区で半壊。ご主人は働いており、年金授受はまだなため、生活は苦しいと。昨年まで寝たきりのお母様がご存命で、妹と共に約10年介護されていたと。クラッシックをはじめ歌が好きとのことで、いくつか歌を披露したら喜んで頂けた。

・ 60〜70代夫婦。ご主人が脳梗塞の為、言葉が不自由であり、奥様が付きっ切りで看病していると。ご苦労されている様子でしたが、笑顔で対応いただきました。

・ 60代女性。東灘区で全壊。仮設に入ることができず、各地を転々として、約7年前に越してきた。市営住宅の方が優先的に仮設に入れた上、入れなかった者への援助も不十分で、市の対応に不満があった。被災後、生きていて何になると思うこともあったと。ご主人は40代で脳腫瘍を患い、昨年26年の闘病を終えた。奥様が長い間家族を支えてきて、悲しみはなかったが、寂しさを感じていると。奥様も狭心症を患っているとのことでしたが、近所の方の面倒を見る活動にたずさわっているとのことで、お元気そうなご様子であった。

・ 男性。60代女性の息子さん。お母様がパートのためご不在で、留守番をされていた際に訪問。震災時は、お母様が東灘区、息子さんが灘区で被災し、夫々全壊に。直ぐにお互いを捜索した為、すれ違いになり、再会出来たのは3〜4日後(張り紙はしていたと)。お母様は奈良に避難された後、ポーアイの仮設で数年暮らし、約10年前からこちらで一人暮らし。
一方、息子さんは、被災直後にボランティア活動に従事。その際の仲間が、東京都区の議員をしており、応援の一環で、当時の様子を語る演説をしに上京することもあると。防災意識は各地で高まっているものの、あの被災体験を知る者としては、あの規模の震災になると、生き残れたことが幸運であったと思うしかなく、生き残れた者がネットワークを作り、いかに助け合っていけるかが大事だと感じると話された。
 


[1529] 471回活動報告

記入者:井上 哲也 最終更新日:2008/09/30 00:15 [E-mail]
(HOST: p3222-ipbfp01tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp)

471回週末ボランティアに参加下さいました皆さま、どうもおつかれさまでした。
さて、471回は6名での訪問となりました。
少数ではありましたが精鋭メンバーにて役立ちのひと時となりました。
20軒の訪問のうち、上がりこみ2軒を含めた長時間の訪問が3軒、戸口での訪問が3軒あり、予定を超えた17時10分頃の終了となってしまいました。
訪問内容の詳細は後日東條さんにUPしてもらいますので、とりあえず報告まで。


[1528] 9/13初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/09/24 22:32
(HOST: cb8a55-130.dynamic.tiki.ne.jp)

★N.Kさん…6軒回って2軒しかお話を聞けなかったのはちょっと残念でしたが、そのお話はとても貴重でした。地震は事前の対策よりも、事後の個々の活動の方が大事だとしみじみと感じました。また、仮設住宅の人は高齢化しており、なかなか外に出たがらず、近所付き合いをしたくても出来ないという声もあった。復興住宅の人は同じ辛い思いをしたのだから、横のつながりが強いと思っていたが、実際は逆であった。


[1526] 第471回週末ボランティア訪問

記入者:東條健司 最終更新日:2008/09/24 10:52 [E-mail]
(HOST: p1122-ipbf214kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。
第471回、被災者宅訪問支援
日時:2008年09日27(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅
前週の訪問は参加者8名でした。

・ 80代男性、奥様は入院中でありしばらく一人で暮らしている。訪問が長引いていたため夕方になってから訪問。予告チラシを見たので待っていたとのこと、夕方にもかかわらず、上がらせて頂いた。被災状況などを聞く前に先方から「回っていてどうですか、なかなかこうやって話を聞けることは少ないでしょう。(HAT神戸の住人は)なかなか人には会いたがらない、色んな業者が来てそれが10年間続いているから警戒しているんですよ。日本にはなかなか悩みがあるから聞いてあげようかという土壌がないんじゃないかな。お回りになっていただけるのはありがたいんだけど、おそらくは8割くらいがNoだろう」とおっしゃられた。また、「新潟中越地震の際に山古志の村長さんが非難するんだったらみんな一緒のところに避難しようじゃないかと言った、それが正解なんですよ」と語られた。神戸の場合は被災範囲が広く、被災者が分断されたことでその後の再建に格差が出ている現状を再認識する訪問でした。

・ 70代女性、一人暮らし。通りの文化住宅にて被災され避難所へ。他の被災者が次々と仮設住宅へ移っていったが結局8月にようやくポートアイランドの仮設住宅へ。その仮設住宅も8軒の長屋で最後の一軒になるまで3年間入居、出て行く直前は夜になると真っ暗で不安だった。H11.にHAT神戸に入居した。入居の際、長男と同居しようと兵庫県にかけあったが、長男は被災当時神戸に在住しておらず同居を認めてもらえなかった。震災で一番つらい思いをしたのは、地の繋がった親子がバラバラにされたこと、こんなことがあっていいんでしょうか、ずっと納得がいきませんでした。と悔しそうに話された。ご自宅にお邪魔させていただき70分程度の長時間の訪問でした。

・ 80代 男性,夫婦2人暮らし。中央区で全壊,住んでいた借家は再建されず。復興住宅は,孫がきたときや仏壇の置き場所のため3DKを申し込んだらなかなかあたらず,2DKに申し込んでやっと入居できた。震災に遭ったが「神戸は第二の故郷」として気に入っている。訪問したボランティアの一人が同じ南国出身とわかり,うち解けたお話し伺いとなった。

・70代のご夫妻。中央区で被災。全焼。その後ポーアイの仮設へ。ご主人は「頑固者」風で奥さんはニコニコして包容力ある似合いの夫婦。直ぐ上げてくれコーヒーをご馳走になった。以前「水道局のほうから来ました」と言って、ガスレンジのフィルターの販売員がきた。設置するので、ただかと聞くと3千円というので断って帰した。「あんなのは100円ショップでも売っている」とご主人はかんかん。それから布団の販売。これは、景品で釣って、個人宅に集まってもらい、売るそうだ。「集まっているので来てください」と言って、呼びにきたそうだ。セットで35万円。めったに買う人はいないようだが。良い雰囲気で話ができた。後ろ髪を引かれる思い
で、お礼を言って帰った。  


[1525] 第470(新生第28)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/09/15 10:52 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

新生週末ボランティア第28回目となった9月13日の訪問活動は,猛暑もやや和らいだ中,常連参加者,久しぶりの参加となるメンバーに,2名の女子大生が初参加してくれての訪問活動となりました。

訪問前のレクチャーでは,東條代表ら作成の「今週の資料」とあわせて,新サイト収録の「復興住宅訪問活動について」を使って,初参加者に活動の流れと概略を説明しました。 続きを読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1524] 第469(新生第27)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/09/08 19:06 [WebSite]
(HOST: 007-W-HBYA.w-lan.jp)

新生週末ボランティア第27回目となった8月23日の訪問活動は,依然衰えを知らない猛暑の中,連参加者が協力して「お話し伺い」を実現し,長時間にわたるもの,内容充実したものも多く見られました。そのうちのひとつを紹介しておきましょう。 続きを読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1523] 470回のご案内 

記入者:東條健司 最終更新日:2008/08/26 15:12 [E-mail]
(HOST: p1243-ipbf308kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。
第470回、被災者宅訪問支援
日時:2008年09日13(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は参加者6名でした。

・ 70代男性,東灘区で全焼。水が出ず消防もなすすべなく,残骸をじっと見ているしかなかった。避難所では電気が使えず不便した上,天井が高いため寒く,朝しもやけになったことも。仮設住宅には行かず県外の公営住宅へ。仮設住宅解消が優先される一方で,県外避難者が後回しにされたようで,復興住宅になかなかあたらなかった。受験勉強真っ最中の初参加者が,さまざまな話題を引き出そうとした姿が印象的な「お話し伺い」であった。

・ 50代女性,中央区で被災。その時は子どもも小さく怖がってよく泣いていた。一番困ったのは水がないことで,寒さにふるえながら2人の子どもとともに順番を待った。住んでいた文化住宅が古く死んでいると思われたため,友人がみな様子を見に来てくれたのがうれしかった。

・ 70代女性、今は一人暮らし。東灘区で被災。3階建ての2階で、1階の人が5人亡くなった。2階も傾いて逃げようにもドアが曲って開けられなかった。しばらくして近所の人がドアを叩いて「おりますかー、無事ですかー」と言ってくれたので、車イスに乗っていたご主人はお風呂の窓を壊して、そこからドアを工夫して作った板にのせて外へ出してもらった。その日は小学校の廊下で寝た。3日目まで何も食べ物がなかった。3日目に本山のすし屋が酢めしをおにぎりにして売っているのを買って食べた.。ご主人は京都の老人ホームが一時預ってくれるというのでそこへ行った。週末は電車に乗って京都まで通った。よく京都まで1人で行けたと今になって思う。仮設へは一番に入れてもらった。車イスの主人と仮設で暮らすのは大変だった。ご主人は脳梗塞を3回起こして、入居後亡くなった。苦労した事はお風呂とトイレだった。小学校のトイレも水がなく、その後行った避難所も建設中の老人ホームだったのでトイレが無く、禁止されても仕様がないから建物の影で用を足すから悲惨なものだった。風呂も震災から30日後に始めて入浴できた。寒い中銭湯にじっと並んで、やっと入れたと思ったら熱いお湯が少ししか入ってなくて、赤ん坊には熱くて入れない。ぬるくしようとしても洗い場の水がちょっとしか出ないから役に立たなかった。その後自衛隊がきて、ようやくお風呂にゆっくり入れた時はうれしかった。 今度震災に会ったら? とにかく今度は行列の一番に並ぶ。お父さんの面倒を見ていて・・と、笑いながら言う声は、1時間半のお話し伺いを解きほぐしてくれた。

・ 80代男性。灘区で被災・全壊。仮設の後、11年に此処へ。ここは鉄の塊をロールにかけて板にする圧延と言う仕事を36年した。定年後まだ若いからと、その頃あったポートピアの造園の仕事をした。仮設にあった柿の木をこの建物の南のカドに植えたら大きくなって去年から実をつけた。今年も沢山青い実がついている。花桃の鉢植えもうえた。いちじくも大きくなった。年金はいっぱいいっぱいもらい、家賃が27000円介護が12000円(2ヶ月)健保が(2ヶ月)25600引かれる。奉天に軍隊でいってシベリア抑留で3年過ごす。その間パン工場で働いて丸々太ったとか、楽しそうに話しを続けられた。       以上


[1522] 469回めのご案内

記入者:東條健司 最終更新日:2008/08/13 01:10 [E-mail]
(HOST: p1243-ipbf308kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

 前回は新人2名と合せて6名。
真夏の訪問となりました。新人の感想は前の掲示板を見て下さい。

ところでこの――つ ぎ は――と言うのは、実は「今週の資料」にのっていた物で、人数だけを合せた「先週の資料」の記事です。

では行きます。
         ― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第469回、被災者宅訪問支援
日時:2008年08日23(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新人2名と合せて6名でした。

・ 40代、男性。中央区で被災。その日は朝のテレビが、5時45分に目覚ましテレビというのがあって、ふっとついたので起きた。とたんに四つのタンスが倒れてきて、それをケトばした
ので助かった。その日はやっとりんごを1つ手に入れた。近所のローソンやコンビニはシャッターを閉めていた。こんな所に住んでるとコミュニティのなさを痛感する。いま定年になった人や60歳、70歳の人の経験とか、いま自治会の会長の人の経験が大切だと思う。いま何か街がおかしい。店がつぶれていくし安心して住める所ではない。道路作りより人の整備が大切だったのではと思う。

・ 60代、女性。一人暮らし。被災当時中央区の市営住宅に居住,人的・物的被害は無し。同住宅建て替えのため1月半前に入居。65歳の定年まで勤め,マンション販売などをしていた。30分ほどお話をうかがう。

・ 60代、女性。一人暮らし。中央区で被災。長く住んだ市営住宅は,ここより丈夫な造りで震災の被害もなかったが,建て替えのため最近この復興風宅に移ってきた。訪問したボランティアの一人と同い年とわかり話が弾んだ。

・ 60代、女性。一人暮らし。長田の近くで被災,仕事も失う。小学校の避難所→姉の家→息子宅→ポートアイランド仮設住宅→ここへ。姉・息子宅は気を遣うので長居せず,復興住宅入居のため仮設へ。被災当時高齢者でなく現役世代であったため,仮設・復興住宅で優先されないため,希望者が少ない仮設住宅,竣工が遅く入居が先になる復興住宅を選んだ。1年前まで元町で仕事をしていて,この復興住宅から25分ほど歩いて通った。今でも三宮までは歩いて,長田へは三宮から電車で,買い物に行く。西日が入るわけではないが,隣接の建物ができてからは(風が遮られ)照り返すため暑くなった。今は年金暮らし。家賃減免申請で市役所に行ったら,生活保護受給者の方が多くもらっているように思われた。

以上


[1521] 8/9初参加者の感想

記入者:矢萩千治 最終更新日:2008/08/12 21:40
(HOST: cad447-174.dynamic.tiki.ne.jp)

★熊野睦也さん:時間を取られることを嫌う人がいる一方、つらい経験を喜んで話してくれる人もいて、その温度差が大きいと感じました。厳しい時期を乗り越えてきた人々の言葉には重みがあり、本当に良い経験をさせてもらいました。自分がボランティアをしている、というより、ボランティアをしてもらっている、と感じることの方が非常に多かったです。

★山内大士さん:10件ほど回ってみて、話が聞けたのは一人だけだったけど、とても元気で明るく面白い人で、楽しい一時を過ごせました。暗くて悲しい過去を語る人を、明るく対応して元気づけてあげようと思っていたんですが、そんな必要は全くなく、むしろこちらが笑わせてもらったほどでした。あのような人生経験豊富で考えもしっかりしていて、色々教えたりしてくれたらいいなと思います。そのような機会をこの活動によって設けられたら、より良いことだと思います。


[1520] 第468(新生第26)回訪問活動

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/08/10 23:49 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

新生週末ボランティア第26回目となった8月9日の訪問活動は,猛暑とお盆休みのためか,お出でにならないお宅が多いなかでも,常連参加者・初参加者が協力して「お話し伺い」を実現し,また不在ながらも「支援シート」を自ら記入しておいてくださったもあり,被災者・住民の方へから信頼と期待を実感されてくれるものがありました。

昨年同時期においてもそうでしたが,お盆休みにかかるため,列車の指定席をとるのが難しいのみならず,高速道路の大渋滞のため,高速バスの到着が大幅に遅れることが懸念されましたが,今回は,石油価格の高騰のため高速道路の交通量が激減し,渋滞が少なく,私が乗った高速バスも軽微な遅延にとどまりました。

今回は,受験勉強真っ最中の県立高校3年生2人がはじめて参加してくれました。東條代表が訪問活動について丁寧に説明していました。訪問前レクチャーにおいて,最近よく行われているような,特定の参加者が「今週の資料」にある「訪問お話し伺いのコツについて」などを棒読みするようなものが不要で,あまっさえかかるレヴェルに参加者を落とし込めることが失礼であるとすら思われました。 続きを読む

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に最新の活動報告が出ています。ご覧ください。


[1519] 新生週末ボランティアreportsのお知らせ

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/08/08 02:26 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

新ウェブサイト「This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ」では,訪問活動の流れを説明するページ「復興住宅訪問活動について」を制作しました。7月26日の訪問活動に参加された方には紹介しましたが,その後,文章・写真を精選し,分量を抑えて解りやすくしました。プリントアウトしての利用にも配慮しています。

また,6月28日・7月12日・7月26日の訪問活動の報告を掲載しています。あわせてご覧ください。

第465(新生第23)回訪問活動

新生週末ボランティア第23回目となった6月28日の訪問活動は,HAT神戸・脇の浜復興住宅への2回目となりましたが 続きを読む

第466(新生第24)回訪問活動

翌日に総会を迎えたこの日も通常通りの訪問活動を行いました。7月12日の訪問活動は,新生週末ボランティア第24回目,ちょうど満1年にあたります。昨年の総会以来の解体的再生の成果と地平を確認する機会となったといえるものでした。続きを読む

第467(新生第25)回訪問活動

新生週末ボランティア第25回目となった7月26日の訪問活動は,HAT神戸・脇の浜復興住宅への4回目となりました。前回同様,いやそれ以上の猛暑の中で「お話し伺い」に向かいました。続きを読む


[1518] 468回訪問活動

記入者:東條健司 最終更新日:2008/08/08 00:13 [E-mail]
(HOST: p1243-ipbf308kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ は ―
14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第468回、被災者宅訪問支援
日時:2008年08月09日(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は新らしい人2名を入れて8名の訪問者でした。

・ 60代女性、1人暮らし。灘区で全焼。急いで2階から飛び降りて、足と膝を痛めた。1人でいるのでストレスがたまる一方である。子供と孫が北区に住んでいて、行ったり来たりしてくれている。昨日は病院へ行ってきたので、今日は疲れて寝てしまっていた。犬のみみちゃんを飼っているので、おかげで慰められる。犬の面倒が出来ないので、美容院へ連れて行って、シャンプーなどをしてもらっている。自分の美容代より高価で6000円ほどかかる。いつも癒されている。

・ 70代男性、1人暮らし。先月胃が破れてたおれ15日ほど入院したが、今は点滴している。震災の時は市営の月6000円程の家でここが当たるまでいました。奥様が亡くなられた後は、子供たちとも別にいて、助かったのは集金に来られた方が見つけて下さってあり難がったが、1人暮らしの心細さがある。お話し伺いに行ったのに、クリームやビールを頂く。昔は船関係の仕事をして定年後は68まで働いていました。細身ですがなかなか心に1本通ったものがおありでした。心楽しいボランティアの喜びを教えて下さった方でした。2時間。

・ 70代男性。兵庫区で全半壊。出張仕事で福井にいて、ニュースで知った。神戸へ帰って見たら紙が張ってあった。危ないので住むな、解体するとのことであった。震災のことは忘れはしないが、今後の事が大事だから。いまは福祉を受けている。震災後会社が倒産し、私のような
者は雇ってくれない。昭和9年生れで終戦の年小学校5、6年でろくな教育も受けていない。私は本当は長崎生れで3つの時親父につれられて神戸に来た。妹達は母親と田舎に残ったのか、そこの所は判らない。家族ずれを見るとうらやましかつた。鬼も菩薩も自分の心次第と思うが、今は人が怖い。一人で能書きを言って暮らしているのは幸せ。趣味はカラオケ。カラオケで友人も出来るし行動の幅も広くなる。5時過ぎの訪問。もう一度来ますとお別れする。

・ 10代男性、家族と一緒に暮らす。被災時は幼かったため何も覚えていない。誰もケガ人はいなかったが、家は全壊だったと聞いている。小学校に入学する前まで東加古川の仮設住宅に入居していた。仮設住宅のときは友達と遊んだ記憶しかない。そのときの友達の一人とは今でも付き合いがある。  

・ 50代後半男性。母親と暮らす。母親は、たんすの引き出しの下敷きになり、あばら骨を折るケガをした。歳の離れた妹の結納の前日に被災したため、結納物がバラバラになり、母はたいそう悲しんでいた。避難所生活はしておらず、支援物資が届かず、灘までトラックでもらいに行った。震災後は加古川にてドカタ仕事をしていた。被災当時は、お金よりも命が一番と思った。また、物質的には豊かだと思ったが、均等に配分されていないと感じた。今は、自分だけが何かして欲しいとは言えず、健康第一で食べていければいいと思っていると話された。
以上


[1517] 2008年週末ボランティア総会報告、新ウェブサイトのお知らせ

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/07/23 18:33 [WebSite]
(HOST: 003-W-HBYA.w-lan.jp)

すでに東條代表からの報告も出ているように、7月13日に2008年週末ボランティア総会が行われました。

昨年同様今年も私案を用意して臨みましたが、今回は特に、この1年あまりの取り組みと成果を確認し共有するべく、資料を準備しました。こちらは総会に参加されなかった方だけでなく、これから週末ボランティアに関心を持ち参加してくださる方のために作成したものでもあります。提案内容及び資料の概略は、既出の「2008年週末ボランティア総会提案 (私案)」の通りです。

すでに出されている報告のうち、若干注意を要する点をいくつか。

私が準備した資料は、上述の趣旨から、量・質ともほとんどが「方針」というより「総括」のためのものです。

総会議事では、「方針」として、

「週末ボランティアの活動は、お話伺いを起点として、コミュニティーの創造・構築住民の主体性発揮のサポート行政監視政策提言などに及ぶものである」こと、その「活動の目的は、被災地の復興と被災者の生活再建に貢献・寄与することであり、「被災者の中に尊厳を見いだす姿勢が求められる」といった、基本的な「活動の目的・趣旨の確認」をまずもって行ったこと、

「宗教や政党など全く無関係の民間のボランティア団体」と、訪問予定の住民宅に投函される「予告チラシ」に記されているよう、政治党派や宗教団体とは無関係・中立で、行政の下請のごときでもない言動と姿勢を堅持することを確認したこと、

これらを抜きにしてはなりません。

東條氏の報告では、「新指導体制」といった文言が見られますが、これについては「ボランティアに「指導部」も「体制」も要らない」との意見がだされたため、代表・会計(満場一致で再任)に「事務局」を加えたものも「役割分担」であって、「指導部」でも「体制」でもないことを確認したとすべきところです。

「取材等の受入」の項では、媒体の種類・ジャンルによる適否の例を挙げましたが、○が原則可、×は原則不可、△は内容により適否を精査・判断すべきものであって○・×の中間という意味ではないこと、媒体の種類・ジャンル双方の観点から判断するものであることを申し添えます。議論の中で、「媒体の種類」のうち「○新聞など」とあるところ「など」を削除、「△」の事例に「雑誌、映画」を追加すべきとなりました。

また、東條氏の報告にある「他団体との交流・連帯」とあるのは「他団体などとの交流・連携」の誤記と思われます。

今回の総会には、連絡がうまく行き渡らなかったのか、今年になってから新たに参加された方の姿がありませんでした。これからは訪問活動やその他の行事に参加するにとどまらず、清新な視点から意見と知恵を出し合い、ともにグループとしての神戸・週末ボランティアの活動を担い参画していくよう、呼び掛けたいと思います。


ここからは新ウェブサイトのお知らせです。

これまで個人サイトHARA Hideki's Roomでヴォランティア関係の記事を掲載してきましたが、このたび、神戸・週末ボランティア関係の記事を移動し、新たなウェブサイトとして制作することにしました。

新ウェブサイトは「This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ」と名付けました。URLは http://kobe.cool.ne.jp/weekend-volunteer/ です。

新世紀の「週末ボランティア」訪問活動篇」・「新世紀の「週末ボランティア」訪問活動篇・2」・「「ちょっとカー」レポート」・「新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇」・「週末ボランティア仮設住宅訪問100回に際して」・「阪神淡路大震災10周年を前にして」・「「週末ボランティア」正常化闘争の軌跡」は、新たなサイトに移動・集約しました。今回の総会の報告もこちらで追加しています。

今後は活動紹介や仮設住宅訪問の記録なども加えていく予定です。


[1516] 7月13日の総会について

記入者:東條健司 最終更新日:2008/07/17 20:46 [E-mail]
(HOST: p1044-ipbf304kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

去る7月13日に開かれました週末ボランティアの総会の結果をお知らせ致します。

議長に井上氏が選ばれ、活動報告を東條が会計報告を佐治さんが行った後、議事に入
りました。

議事では原氏から方針の私案提案があり、大変立派な資料の提供がなされた。
取材等の受け入れに付いては、氏の見解が述べられた。
さいごの他団体との交流・連帯と、更なる資質向上のために、の項は見送ることで合
意した。

実務では、会場予約(東條、佐治)、予告チラシ作成・配布(堀内)、今週の資料記
事作成(井上→東條)、同印刷(東條)、新人へのフォロー(堀内)、新聞社への告
知(井上(5社)、(東條))、公式インターネット班(猪上、永田)
に協力してやってゆく、となった。 

新指導体制は、役割分担として次のように決まった。
代表:東條健司
会計:佐治和枝
事務局:井上哲也

以上です。今年もよろしくお願い致します。

東條健司 (とうじょう けんじ)
〒654-0142 神戸市須磨区友が丘7-154
T/F 078-795-6499 携帯 090-8121-9709
E-メール ktojo@pearl.ocn.ne.jp


[1515] 次回のおしらせ

記入者:東條健司 最終更新日:2008/07/17 11:26 [E-mail]
(HOST: p1044-ipbf304kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

― つ ぎ は ―

14年目の阪神・淡路大震災 週末ボランティアのご案内
「1回だけでも、初めてでも」の支援行動は、毎月第2、第4の土曜日です。

第467回、被災者宅訪問支援
日時:2008年07月26日(土)午後1時〜6時集合場所、時間:「神戸市勤労会館」三宮から徒歩5分・午後1時にご集合下さい。  訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

前週の訪問は8名の訪問者でした。

・ 80代男性、奥さんと2人暮らし。玄関の前に椅子が置いてある。そこに腰掛けてお話しを聞く。レコード家をしていたが店はもうアカンと言うことになった。音楽が好きでレコード家をしているのでない。軍隊に入ったが肺が弱く病気除隊になった。何か仕事をしないとラジオ修理を習い商売を始めたら、蓄音器も修理してくれとなって。震災の事は、なあ、苦労の話しはようせん。仮設は鹿の子台で、いい所やった。玉ねぎやサツマイモ作ったなあ。釘の工場に勤めたがくぎの箱もたれへんで4ヶ月でやめた。それでもマラソン走ったで、三田マラソン。孫がいるのでいいとこ見せようおもて。最初は3kmで車に回収された。次は5km。去年は10km走って記念の品もらった。

・ 70代女性、一人暮らし。震災の前の日は有野台の倉庫に泊り、2階のプレハブから降りた時に資材がガラガラと崩れた。自分の家へも電車が止っていて帰れない。会社は中央区のマヤインターの近くでダメ。倉庫で1ヶ月暮らした。東灘から息子たち一家が避難して来て、4畳半のところに5人も寝起きするのは大変だった。それから六甲トンネルを歩いて会社へ行った。50人ぐらいがやっと住める3階で暮らしていた。ご飯も炊くのに大きな鍋がないので一斗缶を二つに切ってご飯を炊いてお握りを作った。米やカン詰が大阪や色んな所から差し入れられた。災害って大変よ〜と云われた。自分が人を大切にしなければ、人は自分を大切にしてくれない。今が一番幸せと云ってくれた、話せば話すほどに笑顔が増えてゆくのが印象的だった90分。

・ 70代女性、ご主人(80代)と2人暮らし。灘で被災。車で3晩すごす。神戸大水害、神戸大空襲、阪神大震災の3つの災害を経験する。兄は23歳で戦死。自分は中2で母を見送る。兄が出征する時マンドリンを奏でてくれた。蘇洲夜曲、夜来花、等。指輪を遺して死んだ。その遺品も震災前の家の品しなが全てダメになった。私はクラシックすき。今は韓国映画が大すき。当時貿易会社のタイプライターをやって、高給を取っていた。ご主人の会社が倒産。全て失い、今の住宅にすんでから、何も求めず暮らしている。昔の写真を懐かしく拝見しました。大変楽しい2時間のお話し伺い。
以上


[1514] 2008年週末ボランティア総会提案 (私案)

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/07/09 00:53 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

2008年週末ボランティア総会提案 (私案)

総括

 神戸・週末ボランティアは、阪神淡路大震災が発生した1995年、仮設住宅への訪問活動を開始し、1999年からは復興住宅への訪問活動を行ってきた。2001年4月からはそれまでの毎週土曜日から毎月第2・4土曜日の月2回の活動とし、現在に至っている。
 昨2007年、活動継続の中で深刻化した問題を一掃すべく、一大決意をもって臨み、同年7月の総会を機に、積年の弊を根本的に取り除き、解体的再生を図り、新生週末ボランティアとして再出発した。
 こうした取り組みは、訪問活動先の住民やその他の市民から好感をもって迎えられ、信頼関係の回復・構築を増進した。これは、かかる取り組みの前後にわたった、今2008年5月までの約2年間のHAT神戸・灘の浜復興住宅における訪問活動の成果となって現れている。このことは「お話伺い」実現件数の増加(あからさまな訪問拒否がほとんどゼロになるまでに激減した)のみならず、質的側面においてもまた顕著である。
 その後の訪問先をHAT神戸・脇の浜復興住宅とした。ここは3度目の訪問となることから、それよりも、必要とされているであろう他の新規訪問先が望ましいとの考えもあるが、ひとつところに腰を落ち着け、訪問先に責任を持つという姿勢で臨むことになった意義は大きく、かつこれまでの週末ボランティアからすれば画期的である。この間の活動の資質向上が、ここにおいても反映され、住民との信頼関係の拡大再生産をもたらすことが期待できる。
 「副代表」の廃止、著しく不適切な参加者の活動参加禁止により、参加者各自の資質の向上、自発性の発揮と協調がすすんだ。昨2007年秋から今2008年1月頃まで、代表が体調不良により活動を離れたこともあったが、代表として必要な判断は適切に行われ、代行をおくことなく、グループとしての活動は滞りなく継続され、さらなる前進をみた。そうした中で得た教訓を活かす仕組みの構築が必要である。
 昨2007年11月10日には、訪問活動450回を迎えた。今2008年1月には、その記念行事もかねて、この間の「お話伺い」の成果に立脚し、その中から現下の問題を見いだし、これを中心としたテーマのもと「訪問活動450回記念 追悼と討論の集い 13年目の被災地から 〜「高齢者」となった被災者のこれまでとこれからを中心に〜」を実現した。
 新聞各紙の取材も多くなった。これまでも恒例行事や節目の回数時に取材が入ることはあったが、これに限らず、活動の質に深く踏み込んだ内容の記事で紹介したり、約半年もの長期にわたって活動の様子を密着取材したり、訪問活動に同行して「お話し伺い」をもとに記事を作成したりするなど、通常の訪問活動の意義と内実を評価するものが見られるようになった。ヴォランティアならではの視点と記者ならではの取材技術を、相互交流の中からともに提供しあい、学びあうという成果も生まれたといってもいいだろう。
 今2008年に入ってからはとりわけ「役に立ちたい」との気持ちにあふれた誠実な参加者を新たに迎え、これまでの神戸・週末ボランティアとは別もののようなまでにうって変わり、ヴォランティア団体にふさわしい良好な雰囲気ができあがった。

方針

活動の目的・趣旨の確認−役立ち学ぶ、尊厳を見いだす

・週末ボランティアの活動は、お話伺いを起点として、コミュニティーの創造・構築や住民の主体性発揮のサポート、行政監視、政策提言などに及ぶものである。
・週末ボランティアの活動の目的は、被災地の復興と被災者の生活再建に貢献・寄与することであり、そのために情況に自らを投入することによって、被災者の中に尊厳を見いだす姿勢が求められる。
・週末ボランティアの活動に当たってもっとも必要とされる基本的姿勢は、言語コミュニケーションを通じて学びの機会とすることである。
・週末ボランティアとしての活動の目的・趣旨を確認し、その達成と増進に寄与するにふさわしい姿勢で参加することを求める。あわせて、参加者が活動を通じて得られる学びと充実を増進できる環境を整備する。
・具体的には、訪問予定の住民宅に投函される「予告チラシ」に記されているような言動と姿勢を堅持することが、個々の参加者とグループとしての週末ボランティアのいずれにも必要不可欠であることを確認する。

お世話役

・代表・会計のみ常置(再任)。「副代表」その他の役職等は不要、設置しない。
・必要なときは代表が代行を指名(委任)できるものとする。
・その他の役割は固定せず回り持ちにすることが望ましい。

連絡・広報

・初参加者へのお礼手紙、希望・承諾があればその後の案内送付。
・あらたな参加者への案内・連絡のための新規システムの構築・整備。

取材等の受入

 メディア等の取材に際しては、媒体の種類、取材趣旨が、週末ボランティアの活動の趣旨にふさわしいかを精査したうえで、受入の可否を判断する。参加者・住民その他関係者のプライバシーはもとより、グループとしての信用、住民・被災者の尊厳を守り尊重する上で、慎重な取り扱いを要する。参加者・記者・住民三者それぞれに有意義なものであることが望ましい。
媒体の種類による適否の例;
○新聞など
△ラジオ、市民記者(WEB版ニュース)など
×テレビ、宗教団体機関誌・紙、党派機関誌・紙、マンガなど。
ジャンルによる適否の例;
○報道、ドキュメンタリー、その他社会問題として扱う上でふさわしいもの
△ノンフィクションなど
×娯楽、バラエティーなど

他団体などとの交流・連携
 週末ボランティアが訪問活動を行う復興住宅およびその近隣において、他のヴォランティア活動などの市民活動を行う団体や個人と交流を持ったり、連携・協働を行ったりして、相互に見聞や視野を広げる機会とする。
 交流・連携に際しては、不偏不党の原則、独立した主体的立場を堅持することが何より不可欠であり、それが可能で、それにふさわしい相手先と行うことが前提条件である。政治党派・宗教団体絡み、行政の下請化をもたらすようなものなどは論外である。週末ボランティア及び個々の参加者についてはもちろん、交流・連携先のそれを尊重すること、そして互恵的意義のあるものたらしめることを忘れてはならない。

さらなる資質向上のために
 週末ボランティアが訪問活動を行う復興住宅に限らず、同じ場所でいくつもの団体や個人が同様もしくは類似の活動をしていることは少なくなく、HAT神戸・脇の浜復興住宅においても例外でない。訪問・相談ヴォランティアを続けてきた高校教諭が大学の学際教育プログラムと提携して、記録作成を前提とした聞き取り活動を始めようとしていることが報道された。一定以上のスキルとレヴェルをもってやってくることが予想される以上、週末ボランティアとしてもそれ以上の姿勢で臨むことが課題となる。
 虚心坦懐に耳を傾けることが大前提だが、その後の扱いによって活動の資質と意義は大きく変わってくる。さらなる資質向上のためには、かかる方面から活動のあり方について検討を加えることも課題となる。
 現状の週末ボランティアにおいてかかる課題を実現することが、ひとつの目標とななるべきといえるが、これとは別な形でこうした課題に臨むことも必要であろう。


総会資料 目次
・2008年 初参加者の感想 p.2
・対話で力づけ450回目 「週末ボランティア」復興住宅を訪問「毎日新聞」 p.3
・被災者との対話大切に 週末ボランティアが討論会「神戸新聞」 p.4
・孤立化防止訴え相次ぐ 神戸で市民団体、高齢被災者テーマに集会「毎日新聞」 p.5
・支援や生活 被災者に聞く 中央区 市民団体、復興住宅で集い「読売新聞」 p.5
・週末ボランティア 生きた証し 聞き続け「読売新聞」 p.6
・朝のコーヒー寂しさ埋めるひととき「神戸新聞」 p.7
・悩み聞き 訪問458回「朝日新聞」 p.9
・「神大喫茶」お年寄り笑顔「朝日新聞」 p.10
・被災の記憶 対話で記録「朝日新聞」 p.11
・2007年 訪問活動概略 p.12
・2008年 訪問活動概略 p.20
・2008年週末ボランティア総会提案 p.26


[1513] 7月12日(土〕第466回訪問お知らせ

記入者:東條健司 最終更新日:2008/07/04 10:59 [E-mail]
(HOST: p1024-ipbf311kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

7月12日(土〕第466回訪問お知らせをします。
午後1時、神戸市勤労会館(三宮駅から徒歩5分)に集合。
バスでHAT神戸脇の浜へ行きます。
終了5時ですが、纏めの為7時まで時間のある方は、神戸市勤労会館に戻ってミーテイングを行います。

お話し伺いボランティアは、今が旬です。
2週4週の土曜日は、被災者のお話し伺いへ!


[1512] メール文通相談ボランティア

記入者:M 最終更新日:2008/06/29 17:17 [E-mail]
(HOST: cwtl7sgts51.jp-t.ne.jp)

悩みを抱えている10代の子供たちの話し相手になろうというボランティア活動をしています。
方法は、メールや文通によるものです。
なるべく子供に近い存在ということから、大学生を中心に活動をしています。
人と関わる活動になりますので、月一の研修へは必ず参加してもらいます。
興味のあるかたは、詳細をお話しますので、vfmtokyo@hotmail.co.jpへメール下さい。
よろしくお願いします。


[1511] 原君の書き込みについて

記入者:中山茂 最終更新日:2008/06/26 02:47 [E-mail]
(HOST: softbank218130024025.bbtec.net)

中山です。久しぶりに掲示板を覗いて驚きました。
特定団体への誹謗中傷、さらに具体的に生活保護問題での「要望書」が「執務期間中に作成された疑いがある」などと「誹謗」の域を越え、名誉毀損にも抵触するような書き込みです。
原君に全面削除を求めます。
これでは、多くの人が掲示板に参加できません。
東條さんも注意されていますが、管理者の判断を求めます。
以上。


[1510] 週末ボランティアの総会のお知らせ

記入者:東條健司 最終更新日:2008/06/25 23:31 [E-mail]
(HOST: p1176-ipbf607kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp)

週末ボランティアでは、年に1度、総会を開いています。
ことしは、7月の13日(日)午後1時から、三宮の神戸市勤労会館にて、開催します。
様々な問題を、話し合いますので、週末ボランティアに興味をお持ちの方は、是非この日に参加してください。
午後4時には終了の予定です。

以上、代表東條健司


[1509] 福井県東尋坊の自殺パトロールしませんか?

記入者:河合 最終更新日:2008/06/24 18:17 [E-mail]
(HOST: wb37proxy03.ezweb.ne.jp)

東尋坊内におろしもち店 を開いております。こちらのお店では、自殺防止活動と、して、相談所を設けたり、東尋坊の岩場ルートを巡回して、自殺を減して、再出発してもらう為の活動です。一緒に巡回してくださる方、募集しています。


[1508] 「隣人祭り」

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/06/24 01:16 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

いささか旧聞に属することになりますが,先週6月17日(火)放送の「クローズアップ現代」で「ご近所と話してますか?〜「隣人祭り」というアイデア〜」が放送されました。番組HPによれば,以下のような概要です。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2008/0806-3.html#tue
「隣人と語らいましょう!」18年前、パリの片隅で、お年寄りの孤独死をきっかけに1人の青年が始めた小さなパーティーが今、世界28ヶ国750万人が参加する一大イベントとなっている。「隣人祭り」と名付けられたこのパーティーは年1回、同じアパートや地域に住む隣人が集い、食事をしながら語り合うシンプルなもの。しかしこの祭りから生まれた信頼関係や連帯感は、国境を越えて、生活する上での小さな問題から、「高齢化」「育児」といった様々な社会問題までをも解決する礎となり始めている。そして今年、日本にも上陸…。番組では発祥地パリ、貧困地域での開催に挑むリバプール、そして日本の「隣人祭り」に密着。「地域コミュニティー復活」という問題意識が国を越えて広がっていく潮流をとらえる。

この「隣人祭り」という名称は,フランス語原語そのままの直訳で,文化的背景や宗教性といったものは全くありません。集合住宅で隣近所のコミュニケーションがないことに否定感を抱きながらも,コミュニケーション構築の第一歩を踏み出すことができないでいた中で,何か人が集まるきっかけをつくろうと「祭り」と銘打ったようです。

いざ「祭り」の時をむかえても“会場”となったアパルトマンの中庭には,誰もやってこず,呼び掛けた青年が一人で飲み食いを始めた。やがて一人また一人と住民がやってきて,めでたく「隣人祭り」になった。「隣人祭り」をきっかけにできた住民同士のつながりは,その後も継続し発展していった。こういった内容が報じられていました。

何も特別な資格や肩書きによるのではなく,ただ一人の市民・住民として,まったく他の人々と同じ立場・視点で臨んだわけです。しかも呼び掛けた者も集まった者も,地域コミュニティーの構成員にしてその担い手・主体であることに違いありません。まして外部の支援や指導でできたものでもないのです。

こういった取り組みが,地域住民内部からうまれてくればそれに越したことはないのですが,こういったものを生みだすサポートをするのも,ひとつのヴォランティアでしょう。ふれあい喫茶のごときはその一例です。

そしてもう一つ着目すべきは,「隣人祭り」を始めた「1人の青年」が地元の地方公務員だったことです。公務員としての属性(公僕・当局者・労働者)から離れ,まさに一市民,一住民として始めたものです。

私は先に,公務員とヴォランティアのあり方を考えるにあたって,奈良県王寺町と神戸市における例を挙げて,問題を指摘しましたが,これを「週末ボランティア掲示板」に転載したところ,この両者が「正反対」であると,何の根拠もあげずに“反論”された方もいましたが,直接の活動対象や方法が異なる以上,現象的次元における相違点は少なからずあるでしょうが,本質的性格が「正反対」というのは余りにも無理があるといわねばなりません。

しかしながら,広い世界の中には,これらと「正反対」のものもあるわけです。

もっともそれもNHKの報道によればですが。この番組をご覧になった方で,フランス語に堪能な方には,検証の上,忌憚にないご意見を伺いたいところです。


[1507] 100万人のキャンドルナイト・生活保護申請支援・出張足湯ボランティア

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/06/21 12:13 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

今日6月21日は夏至の日です。これを中心にいくつかの行事や動静を紹介しておきます。

100万人のキャンドルナイト

前々回の訪問活動日である5月24日は,夜にかけて雨が強まったなかでも、G8環境相会合にあわせていくつかの催しが行われていました。「G8ライトダウンフェスタ」の一環として行われた「100万人のキャンドルナイト in kobe」もその一つでしたが,あいにくの大雨のため中止になったものと思い,足を運ばなかったのですが,翌日の新聞報道で規模縮小しながらも行われたことを知りました。

100万人のキャンドルナイト in kobe http://candlenight-kobe.com/
ポートタワーも消灯 神戸でキャンドルナイト http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001071529.shtml

また先週から今週にかけて,大阪〜神戸で同様の催しが行われていますが,メインは夏至の日です。全国各地で大小さまざまな取り組みが予定されています。近くで行われていれば是非一度,ご参加ください。

100万人のキャンドルナイト http://www.candle-night.org/jp/

「でんきを消してスローな夜を。」

生活保護申請支援

以前、生活保護行政に関して、ほかならぬ受ける側であるところの神戸市当局者−職員自身が作成した「要望」−−自作自演の茶番劇のシナリオ−−に、週ボラの宣伝のためと称して賛同団体に加わるよう強要し、誰の賛同も得られず一蹴された者がいたことは、記憶に新しいところです。その一方でマトモと思われる取り組みもなされていたことが報道されていますので、紹介しておきます。

生活保護申請、法律家が支援 兵庫で21件「逆転」受給 6/19 神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/news/kurashi/0001152017.shtml
生活保護の受給希望者に法律家が付き添い、役所での手続きを援助する活動が広がっている。北九州市で二〇〇五年、申請を拒まれた男性が孤独死したことをきっかけに昨秋、「近畿生活保護支援法律家ネットワーク」が発足。いったん申請を拒否されたケースのうち、兵庫の二十一件をはじめ大阪、京都、奈良、滋賀、和歌山の二府四県で計八十一件の受給を認めさせた。「泣き寝入りせず相談を」と呼び掛ける…

出張足湯ボランティア

HAT神戸灘の浜住宅で、ふれあい喫茶「神大喫茶」を続けている神戸大生グループがおり、ここでも一度足湯をしたことがありました。彼らと同じ神戸大学生のグループが、能登・中越に続いて、岩手・宮城内陸地震の被災地でも足湯を行ったことが伝えれていますので、紹介しておきます。

足湯で被災者癒やす 岩手・宮城地震神大生が出張 避難所のお年寄り「孫できた」 6/19 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hyogo/news/20080619-OYT8T00029.htm
岩手・宮城内陸地震の被災地で、神戸大の学生が出張足湯のボランティアに携わった。学生たちは「避難生活が続くと、心も体も疲れがたまってくる。必要があれば、今後も被災者を癒やしに行きたい」と、阪神大震災を機に生まれた足湯の輪をさらに広げていくつもりだ…


[1506] 第464(新生第22)回訪問活動(概要)

記入者:HARA Hideki 最終更新日:2008/06/21 12:12 [WebSite]
(HOST: softbank219186227053.bbtec.net)

神戸・週末ボランティアは、昨年7月の総会で積年の旧弊を一掃し、新たに生まれ変わって再出発を期しました。6月14日の訪問活動は新生週末ボランティア第22回目となりました。

この日の訪問活動は、前日来の所用のため神戸市内にいながらも、終了ミーティングのみの参加となりました。これだけであっても仕事先の理解と協力のたまものと感謝になければなりません。

HAT神戸灘の浜住宅への訪問活動を前回(5月24日)で終え、同脇の浜住宅へ移っての第1回目の訪問活動となった今回は、倉谷さんのお世話になりながら、2名の新たな参加者とともに、充実した訪問活動が実現できたことが、終了ミーティングでの報告と、それ以前に参加者の姿からして解るものでした。

とりわけ印象に残るお話伺いもあったようです。初参加の女性が再訪問を約するほど、うち解けて親密になったようです。まとめもいずれ出されるでしょう。

参加回数にかかわらず、訪問活動から学び被災者・住民に役立とうという姿勢で臨む参加者と、自らのために利用しようとする者の姿勢のちがいは、その眼が端的に表しています。一人一人が訪問活動に臨んだ姿を、そこから推し量ることができます。

そうした姿勢を大切にし、スキルアップにつなげ、その成果をしっかりと現実化するために、お話伺い〜終了ミーティング〜支援シートのまとめ〜要約にいたるプロセスをトータルな観点からレヴェルアップを図れるようにしていきたいと思います。

個々の訪問活動の要約に際しても、住民の方との信頼関係の構築、学び役立つ姿勢の反映、虚心坦懐なお話伺いに立脚した問題提起が肝要です。宣伝のために人目を引くことや、政治的利用のために挑発的誇張をしたり、行政当局におもねて問題を糊塗したり矮小化したりすることなど、いずれもあってはなりません。

今回から、訪問予定の住民宅にあらかじめ投函する「予告チラシ」にも、未知の訪問者に対する不安・不信を少しでも除こうと、工夫・改良がなされました。あわせて、さらなる改善に向けて、いくつかの意見も出されました。

しかしながら、信頼関係構築において、何より大切なことは、週末ボランティアの活動のあらゆる場面で、住民の方が直接見ているか否かにかかわらず、陰ひなたなく、「予告チラシ」でかかれているような行動と姿勢をとることをおいてほかにはありません。

政治的利用や、宗教の勧誘、寄付の要請、またそれらと疑われるような行為は、厳に慎まねばなりません。

信頼関係構築のためには、行動・活動上の制約が伴うことは必然であり、やむを得ないことです。中国・四川大地震につづき岩手・宮城内陸地震が発生し、これらへの支援活動も活発化しており、神戸や大阪でも両者への募金活動を行う人の姿が見られます。中には地震をダシにして宗教・政治活動の本来の姿を隠蔽して行っているものや、送付先や使途などが不明な、詐欺と疑われるものも散見されます。また関西では大規模なニセ募金詐欺事件が発生したことから、募金活動自体に対する不信感も依然根強いものがあるといえるでしょう。

そういったところで、もし週末ボランティアとして、中途半端な形で募金活動を行えば、かえって信用を失うことにもなりかねません。寄付の要請を行わないことをはっきりうたっている以上、なおのことです。

手を広げるよりも、今行っている訪問活動の取り組みに集中し専念する、まさに「一所懸命」こそが現下の至善のあり方です。

信頼関係構築は、訪問先住民の方に対してはもちろん、参加者間においても重要どころか必要不可欠です。その基本は「ホウ・レン・ソウ」(報告・連絡・相談)です。どのようなことでも、週末ボランティアの活動に関係することは、必ず行い、徹底することが肝要です。

かりそめにも、これを怠ったり、あまっさえ自らの政治的利害のために、これをぶちこわそうとするに至っては、言語道断といわねばなりません。